Title  拾玉集  Author  慈円  Section  御裳濯百首 二見  Subtitle  春二十首  0501: けふもなほかすめる空に雪ちりて花の春をもしらせがほなる  0502: よしの山いりにしみちもはるけかれいはねの松に猶ねのびせん  0503: あづまにはたえぬけぶりをたよりにてむろのやしまや先かすむらん  0504: 鶯はつげていづらむみやまべを春のよそにも思ひけるかな  0505: かつがつもわかなつめとやかたをかのあしたの原の雪のむらぎえ  0506: いろみればわかれぬものを春のよのやみこそ梅のにほひなりけれ  0507: たつたがは浪もてあらふ青柳のうちたれがみをけづる春風  0508: さらしなやをばすて山の夜半よりもよしののおくの春の曙  0509: 御吉野のよしのの山のやまもりも春ぞ心に色はみえける  0510: よしの山あだにながむる花よりもはかなくちるは涙なりけり  0511: 花さかぬ山はよそにもしるきかないつかはかかるみねのしら雲  0512: 柴の戸ににほはん花はさもあらばあれながめてけりなうらめしの身や  0513: よしのやま猶しもおくに花さかば又あくがるる身とや成りなん  0514: 吉野山はるの梢をながむれば風にぞきゆる花のしら雪  0515: 春もまた霞をわくる声すなりこしぢの秋はかへるかりがね  0516: 玉づさのうらひきかへすほどなれや霞とびわけかへるかりがね  0517: ぬしからに春もさびしき山里と思ひもしらぬよぶこどりかな  0518: 藤のはなにほふさかりはたごのうらによるしら浪の色もなつかし  0519: 款冬のちるをまつまのほどばかりをらでを見せよゐでの川浪  0520: 日にそへて霞はれゆくふじのねはけぶりぞ春のなごりなるべき  Subtitle  夏十首  0521: 春なつをへだつるやどのうつぎがきさかぬかたには鶯ぞなく  0522: 宮居せしむかしにかかる心かなそのかみ山のあふひならねど  0523: 人まつとささでまどろむ槙の戸をしらでたたくやくひななるらむ  0524: 郭公いかできかまし忍ねをならしのをかにたづねざりせば  0525: 五月雨に軒のあやめもしをるめりうきねをかくるたもとのみかは  0526: 時鳥なく一こゑにあくる夜を物思ふ身は猶のこしつつ  0527: 夏むしの思ひのみかは暮行けばゐでのかはづも声たてつなり  0528: やどさびて夏も人めはかれにけりなにしげるらむ庭のむら草  0529: 風のおとも秋にさきだつ心ちして鹿なきぬべきのべのゆふ暮  0530: 山ふかみきしの小萩もさきにけり今やなごしのはらへなるらむ  Subtitle  秋二十首  0531: 夕まぐれ秋とおぼゆる風のおとに思ひもあへず露ぞこぼるる  0532: 山里に鹿なく秋のはつつゆはたもとよりこそおきはじめけれ  0533: 月を見る心のやがてうれしきはやみぢのすゑを思ふなりけり  0534: から国の空もひとつに見ゆるまであしやのおきにすめる月かげ  0535: さえわたる月の光にふる雪ははれ行くままにつもるなりけり  0536: 秋をへてさやけき月をみくまののうらのはまゆふいく夜かさねつ  0537: うらめしやかばかりさそふ月をみていかに心のかはらざるらむ  0538: 月影に衣しでうつおとさえて鹿なきかはす秋の山里  0539: ころもうつおとにしれとや秋の心のふかきあはれもふか草のさと  0540: かたをかのかやがしげみに鳴くむしのこゑにみだるるわが心かな  0541: はかなさを思ひもしらでながらふる人の心やあさがほのはな  0542: あはづ野のをばながすゑにほの見えて霧たちわたるせたのながはし  0543: もしほやくけぶりも霧もうづもれぬすまの関屋の秋のゆふ暮  0544: しののめや関のいはかど霧とぢて鳥のこゑにも猶あけぬかな  0545: 秋の野のすずのしのやのゆふ暮も猶身におはぬすまひなりけり  0546: しらぎくのはなはいかなる花なればうつろふ色のまづまたるらむ  0547: 日にそへて色かはり行く秋山のゆくへ思ふもあぢきなの世や  0548: もみぢちるしづはた山のさをしかはにしきをきてや妻をこふらん  0549: 小萩原つゆかれがれになりにけりこひしかるべき庭のおもかな  0550: 夕まぐれよわりてはてぬるむしのねにいそぎ時雨るるわが涙かな  Subtitle  冬十首  0551: やどしめしかひもあるかなはつ時雨庭の木のはにおとづれて行く  0552: たつた山梢にすぎてみゆるかなふもとの里の庭のあはれは  0553: しながどりゐなのたびねのささ枕あはれにたどる夢路なりけり  0554: 山里の木のはふみわけ問ふ人もなかりし庭に雪はつもりぬ  0555: かつまたの池にうきねの床たえてよそにぞすぐるかものむら鳥  0556: 鹿のねにあはれをいかでのこしけむききあかしつるさよ千鳥かな  0557: み山べの心ぼそさのなかりせばやくすみがまのけぶりばかりを  0558: ね覚する夜はのうづみ火かきのけてとふはひうらもらき身なりけり  0559: あさくらのこゑばかりをばかへせどもむかしは遠きしめのうちかな  0560: 夜もすがら三世の仏の名をきけばうつつもさむる心ちこそすれ  Subtitle  恋十首  0561: おく山の谷のむもれ木苔むしてしる人もなき恋にくちぬる  0562: わが恋は難波ほり江のあしのねのみがくれてのみとしをふるかな  0563: たえぬかなあはぬなげきをこりつめて思ひにくぶるやどのけぶりは  0564: ひとりねの夢路の空の袖の雨はさめてぞいとどふりまさりける  0565: 涙川われもしづみぬさるさはの池の玉をもよそにおもはじ  0566: おのづからまどろむ夢にいもをみてねてもさめても物をこそおもへ  0567: こひぢにはうき世をいづるかどでとも思ひもわかでいりにしものを  0568: 世をいとふ心をやりてさそひきて恋をぅれしき物としりぬる  0569: わぎもこにかぎりしもせじおほかたのこひとは人のなさけなりけり  0570: 夕まぐれ露をば袖の物にして我がこひ草にあき風ぞふく Subtitle  述懐五首  0571: 身こそあらめ我がこころなる心さへ人かずならでながらへにける  0572: 思ひいる心のすゑをたづぬとてしばしうき世にめぐるばかりぞ  0573: せめてなほうき世にとまる身とならば心のうちやどはさだめむ  0574: おほ空のながめをだにもせざりけり身をしる雨の雲にまよひて  0575: いにしへにかヘる心のたどるかなひろめしのりのみちとおもふに  Subtitle  無常五首  0576: とりべ山よはのけぶりのたつたびに人の思ひやいとどそふらむ  0577: ながきよの夢の別とおもへども又この世にはあはむものかは  0578: みな人のしるべもなくて行く道に猶まどひぬる身をいかにせむ  0579: まどひぬなきのふもけふも見し人の夢になり行くながきよの空  0580: はかなさにいかでたへましこれぞこの世のことわりとおもひなさずは  Subtitle  雑二十首  0581: 人はみなあはれもしらでやみなまし秋のゆふ暮春の明ぼの  0582: ねざめして物思ふやどの有明に月かげわくるしぎのはねがき  0583: うきねして都へかへるうら風に情をかくる浪のおとかな  0584: まてしばしわりなくかよふ心かな見ぬもろこしの山のおくまで  0585: わが身こそかくしかねぬれかづらきやおくなる谷もうき世なりけり  0586: 草の庵をいとひても又いかがせむつゆの命のかかるかぎりは  0587: まよひなんきぎの木ずゑのまきぞとはうち見るたびに涙おとして  0588: いる月よかくれなはてそ世の中をいとふ心はあり明の空  0589: 朝夕に梢にすだくむら鳥てがひになるるみ山べのさと  0590: いほりさすかた山ぎしのみみづくもいかがききなす峰のまつ風  0591: 山ふかみ中中友となりにけりさよふけがたのふくろふの声  0592: しばぐりの色づく秋の山風に梢をちらぬ木のはざるかな  0593: いかにせむ友こそなけれ山のいぬのこゑおそろしきよはのねざめに  0594: 松がえにまくらさだむるかもししのよそめあだなるわがいほりかな  0595: 谷川のおとに月すむみ山辺はそれさへさゆるむささびのこゑ  0596: 人しるやくますむ山の谷にきてそれになれぬる身ぞあはれなる  0597: この世うしとらふすのべはまだしらずいざやまはらのたにのすみかへ  0598: 後の世もたのしかるべきとりなれやみつのたからを声にをさめて  0599: 摂津国のあしげのこまにのりの跡はわが思ひいるみちにぞ有りける  0600: うき身をば神にぞいのる神風や伊勢のはま荻浪にくたすな  0601: 人なみにわがことのはをちらすかないすずがはらの秋のゆふぐれ  Description  依円位聖人勧進文治四年秋比詠之、為大神宮法楽也云云、只為結縁也  End  底本::   著名:  新編国歌大観 第三巻 私歌集編Ⅰ 歌集   編著者: 「新編国歌大観」編集委員会   発行者: 角川春樹   発行所: 株式会社角川書店   発行:  昭和60年05月16日 初版発行   国際標準図書番号: ISBN4-04-020132-9  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThinkPad s30 2639-42J   入力日: 2003年05月03日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年07月26日