Title  西行法師閉口歌  Author  高木敏雄  Description  西行法師閉口歌の伝説について、市丸黙庵君からの投書に、同君の郷里佐賀県の西南部では、「あちくとき蕾みし花のこちくとき、いつひらけけりわが縫う笠の辻どめの皮の木の花」、この歌の意は、あちらに行く時に蕾んでいた花が、こちらに来る時には打開いた、笠の辻どめの皮の木とは、竹の皮で作った笠の上部、すなわち辻のところを桜の皮で縫うからしていうのである云々。広島の人に聞いて見たけれども、広島在ヨシツという地名を知らなかった。歌ももちろん知らなかった。しかし、「秋長夜話」前編に、次の一節がある。  Indent  厳島道芝記に、全の長浜より越る仁王門の辺を西行戻という。西行法師厳島にもうでけるに、このところにて嫗に逢て、山路の案内を問けるに、彼嫗こたえざりければ、 空蝉のもぬけの殻に言問えば山路をだにも教えざりけり  かく口ずさみければ、嫗もとよりもぬけのからとしらばいかで案内を問うべきと難じければ、西行辞なくしてこれより還りぬ。それよりして西行戻というとなん、このこと撰集抄にも見えず、いぶかしきことなり、本朝語園にいわく、西行奥州松島におもむき、里人に案内させて、浦々をめぐりけるが、笆島やかた島末の松山沖の石などをはじめて、七日ばかりに、名所二百ばかりもめぐれば、興つきて、里人に向て、これより奥にも、さりぬべき所いかほどあるぞと問うに、今十日ばかりもめぐりたまわば、大かた見つくさるべしという、西行退屈して、これより還る、その所を西行戻といえり、このことをとりてかく附会せるにや、  Description  附会したかどうかは知らぬけれど、伝説にあらわれている西行法師は、あちこちで閉口したと見える。したのではない、させられたのだ。さすがの西行も閉口したというのが、お国自慢の畑に成長したこの伝説の要点らしい。 もっともお国自慢の犠牲になった詩人は、西行がはじめではない。日本の伝説で申せば白楽天が西行の祖先であろう。「広益俗説弁」に、住吉大明神白楽天青苔白雲の詩歌の説(巻二の四)の条に、  Indent  俗説にいわく、唐の白楽天日本の人の智恵をはからんとて渡りけるに、住吉大明神老翁と現し、釣をたれておわしければ、楽天船をよせて、青苔佩衣県巌肩、白雲似帯廻山腰、と詠じけるに老翁歌をもって和していわく、「こけ衣きたるいわおはさむからできぬ著ぬ山の帯をするかな」、とありしかば、楽天おどろきて、いやしき漁翁だにかくあれば、なかなか日本の者におよぶまじといいてすぐに漕かえりしという、いま按ずるに、白氏文集にこの詩および楽天が東行のことなし、本朝の正史実録諸神書にも見えず、ただし江談抄に、白雲似帯囲山腰、青苔如衣負巌背、こけごろもきたるいわおはまひろけむ衣著ぬ山の帯するはなぞ、とありて都在中が作と記せり、思うに好事の者この詩歌を所々あらためて、住吉楽天の贈答とするならん、  Description  なおまた仏典から「今昔物語」にとられている棄老国の話が、いつの間にか日本のことに翻案されて、しかもお国自慢の薬味を加えられて、蟻通明神の伝説ができたのも、ある点においては右の話と比較すべきものではあるまいかと思う。  End   底本:  人身御供論   発行:  1990/06/11   著者:  高木敏雄   編者:  山田野理夫   発行:  宝文館出版   国際標準図書番号: ISBN4-8320-1359-9  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThinkPad X30 2672-CBJ   入力日: 2003年12月18日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2004年04月26日  $Id: heikou.txt,v 1.7 2020/01/06 03:45:05 saigyo Exp $