Title  和歌秘伝抄 旧名庭訓抄 (附)和歌用意之條々  和歌祕傳抄 舊名庭訓抄 (附)和歌用意之條々  Author  藤原爲世  Description    一心はあたらしきをもとむべきこと  此こと古人のおしふる所更に師の仰に違はず。但しあたらしき心いかにも出來がたし。代々の撰集世々の歌仙よみ殘せる風情有べからず、されども人の面のごとく目は二ツよこさまに鼻は一つたてさまなり。昔より替亊なけれどもしかもまた同じ顏にあらず、されば歌もかくのごとし。花を白雲にまがへ木の葉を時雨にあやまつ亊は、本よりの顏のごとくにかはらぬを、さすがをのれ/\とある所あれば作者の得分となる也。新しきを求るとてさまあしくいやしげなる亊どもを詠んこと有べからず。故九條内府の自讚のうたに明方のあまの戸わたる月かげにうき人さへや衣うつらんと侍るを、故入道民部卿爲家は無下の傾城かなと難ぜられ侍りけり。實にも人に心をつくさせて戀らるゝ程の人の手づから衣うたんこと心うく侍るべきや、いわんや作者後京極攝政の御息正二位内大臣ほどの人の傾城さるすさびやは侍べき、但歌のならひさのみこそ侍れ、唯大方のことにてこそはあらめ、必しも作者の御傾城とや申べきとのがれ侍るべきにや、然れども歌は作者によりて用意のあるべきとぞうけ給はり侍りし。御歌のさまはめでたくこそ侍らめ、亦近頃たれとは覺えず百首の歌を人の見せられ侍しに檮衣の歌に、うつ音のしばしとだへて聞えぬは今や衣を卷かへすほどという歌の侍るを、或人の仰られ侍しは檮衣の歌は鶯の聲琴の音にも増りてやさしく聞所など侍るに、入立て案内者けに侍るこそ見苦しく侍れ、大方は古人もかゝることをばしらぬにては侍らしかし。然れども見苦しき亊などは捨てよみ侍らぬを、めづらしきことこそ殘りたるとて求出しよまれ侍るは、道の口傳なきがいたす所にこそ侍らめ。これはうき人よりも姿いやしく心をとりしてこそ侍らめ、此外の亊も宜しからぬのみ侍し、心あらん人は尋ねて心得らるべきか。續千載集の時めされし百首の中に草刈いるゝ野田の苗代とよまれて侍し歌を、或人これも無下に俗に聞え侍るもの哉と侍し、げにも田舍にていかなることぞと尋ね侍しに、田作のこえとかやに、もちゐるとぞ申侍し。もしさも侍らばきたなくや侍らむ、いかにも家の庭訓をうけ師の口傳をも聞たらん人は、かゝることはよも詠じ侍らじ、作者誰ともしれ侍らねばもしすぢなき亊どもや侍らん、大方は世中皆はげ/\しくなりてかざりたる僞にふけりて、實にまよふ亊のみ侍るこそ今更なる亊にては侍らねども、道のため心うく侍れ。或は遠國などにて我身をたてんとて、重代の家督をしり或は家の祕説我こそ習ひ傳へて侍れと申人も侍る。或は門弟などに信ぜられんとてよとこゞろなきことを申出し、或は宗匠などはよはくかひなき歌よみて、新し風情力ある歌は、人の歌をも見しらず我身もよまずと申おきて信仰する人數をしらず、是まめやかに深くまどへる成べし。其故は代々傳たる家領こと%\く讓りあたへ、度々朝家に採用せられて勅撰をうけ玉はる家督には、祕し教ぬ亊を庶子に授る亊しかるべしや、家領は僞る所なきまゝに、みえぬ間無窮の僞に及ぶ然ども明察の御代に皆あらはれ侍りぬるにこそ、又歌のよわきとはいかゞ心得侍るべきにか、心深く詞よろしく姿うつくしく侍るをつよき歌とは申せ、萬葉の耳遠き詞凡俗の心よめるこそよはき歌とは思ひ給ひ侍れ、但し卑劣の風情は故人詠じもらしたれば求よく幽玄の姿は及ばぬまゝに、よまれ侍らねばばけ物を信仰せるにこそ  一詞はふるきをしたふべき亊  是又古賢の教尊師の詞一同也。然どもくはしからぬまゝに迷ふ人多く侍るにや、所詮ふるくよみたればとて萬葉集の耳とをきことばなど努々好讀べからず。三代集の中にも宜しからぬ詞も侍るめり、むべなへべらなりけりとかくのごときの言おほく侍るにや、かまへてやさしく優ならん言をとらんとしたふべしとうけ玉はり侍し。但八雲御抄には言はよきもなしあしきもなしたゞつゞけがらなりと侍めり。是又金言なり。但つゞけがらよからんをば申に及ばず、末代の歌よみつゝけがらなればとて能つゞけずして、あしざまにつゞけよみてよくよめると思へるさま、かぞふる亊に及ばず多侍める。いはんやよそとなくそへて、こまつるぎわさみのあつふすまなごやか下なとは能ほどの上手は宜しき歌によみなし侍りぬとも覺侍らず、但近代はけ/\しき上手達の秀逸には定て出來歟。それも斟酌や侍るべからん、高野にて大師御入定の心をよまるゝとて、しなてるやと詠ぜられたる亊の侍るとかや。是は聖徳太子片岡山のうへ人にあそばして給はせたりけり、しなてるやかたをか山にと侍る御歌を、太子傳とて法師の侍しが、しなてるやと申侍しをきかれて侍けるにや。よも家説にては侍らじ、萬葉集にしなてるやかたあすは川と侍る歌は、何をしなてあるかと詠したるをかしくこそ侍れ、努々ふるごとどもはひがごとの出來侍るものを、凡幽玄によまんと思ひ給ふだにも心淺智短して叶侍ぬにいかなる詞なりとも、なとうつくしうなしたてざるべきとて思ひのこしてと返々きもふとくこそ侍れ、かへりて愚をしらぬとかや申侍らん、亦人のしらぬことばをよみて物しりたるよしせんと思へるくはだて愚なるさまいとおかしくこそ侍れ、たゞすなをによみて上手なれば、世にも人にも用ひられ侍かし。それは叶はぬまゝに人をおとさんとてあしもともしらず、鬼のをもてしたる歌どもをよみて、たゞ世の中を損ずるのみにあらず、先達の教をそむく亊道をまもる神意にもたがひ侍べし、惡知識にひかれて同罪にしづまん人、能々心をめぐらし給ふべきにや。日本紀萬葉集の言どもよみて人もしらぬことしりたるよしするさま、朝野にみち/\て自受清樂とかやしたる道の魔障不可勝斗こそ  一京極入道中納言謙倉右大臣家へをくられ侍る一卷の中にやまと歌の道は、遠く求め廣く聞道にあらずと侍る亊  此言至要に侍る誠に月氏漢朝のわざをよむべきにあらず、廣學多聞を亊とすべきにもあらず。たゝ大和言にて見るもの聞ものに付ていひ出すばかり也。されば經論の文を求め、廣く詩賦の言をうつすべきにもあらず。萬葉集の歌日本紀の言などを求聞てよむだにも、いかゞとこそ承侍れ。されば顯昭が稻負鳥の亊くれ%\盡したるをば京極入道中納言は、此亊いかでも有なん金翅鳥伽陵頻などいふ鳥も有とばかり聞て扨ありなん、かくしりたるものもいなをゝせ鳥は鳥なりけりとも、雀なりけりとも、よまぬ上はたゞしらずよみによみたりともなにの苦しみかあらん、か樣に申せば物もおぼへぬ山寺法師などは當家は何もしらぬ家ぞと申たり。おかしくこそと仰られし。  一餘情亊  上手になりぬれば餘情の作意ある也。餘情と申は言の外に多くの心あるなり。大納言入道爲氏の歌に江上春望と申題にて人とはゞみずとやいはん玉津島かすむ入江の春の曙と侍る樣也。玉津島の有さまをこまかに詠じたらんより彼浦の氣色眼にうかびて、多くは風情こもりて聞ゆるなり。大方歌の徳は僅に三十一字の中に多くの心をよみあらはすを徳とす。惡歌は三十一字の中にだにも其意たらずして言のあまる也。重言など心うき亊也。夕されば門田の稻葉音ずれて、夕されば野邊の秋風身にしみて、まのゝ入江の濱風になどは、皆餘情ある歌ども也。歌のおもてはさしたる曲節も見へねども、詠出せる樣さすがに哀も深く淋しさも増りて、感情ある歌ども也。亦かゝらねども能歌はよみし心もやがて身にしみて、げにもと覺ゆるもあり、貫之のいもがり行は冬の夜のとよめる歌は聞ば淋しくもさむくも覺えて感情深き歌也。  一題をよく心得べき亊  清輔朝臣前入道中納言同心也。縱令山霞河月かやうの題は山霞をたしかに上下の句にわかちよむべし。但山のはの霞などゝてよろしき歌いでくべからんははゞかるべからず。河月なぞらへて可知也。曉時雨夕落葉などあらむ題をば曉とよめるは宜しからず、いかにもね覺横雲有明の月鳥の音などめぐらして可詠、夕字亦入相の鐘雲のはたてなどよむべし。自餘可准知また河上月野外雪なども、上の字外の字よむべからず。よまんとせば歌あしかるべし。野徑山路などはさして道とはよまねども行歩の樣をだにもよめば道は可侍也。  大方四季の景物はみな季に隨ひて見ゆる也。春は雪消氷とけてこの氣色うらうらとなりて、人のさまもほこらしくみゆ。是則景氣による也。題も亦しかるべし、立春若菜鴬花〓(ヒ/矢十欠)冬藤いづれも心すごく淋しき體に侍らず。夏は花落鳥歸りて四方の木立しげ/\として凉しきさまには見えず。更衣卯花郭公五月雨夕立蝉蓬納凉いづれも幽玄には見え侍らず、秋は荻風萩露といふよりいづれか淋しく悲しからぬ題にや侍る。愁の字をもて秋の心を作にて思ひ知るべし。冬は蟲の音も草の色も枯はてゝ、露氷霜むすびて冬ごもりたる樣淋敷かなしからずといふ亊なし。後鳥羽院の御時の三體の和歌にて心得らるべし。されども此歌よみ多かりしかどもよむ人わづかに十人計にや、亦戀の歌はわりなくよみぬればさりぬべき歌いでき侍る也。旅述懷可准之唯四季の歌こそ大亊にて侍るべし。さのみくとくよむべからず、おほきにたけ高く幽玄によむべし。  一本歌亊  いかにも本歌の文字のをき所をたがふべし。はじめの五文字は第三句めにおくべし。若置れずば二字くはへて七字になして、第二句めにも第四五句めにも置かふべし。本歌の文字一二句に過ては更にとるべからず。亦取べき句などのなくてしかも取ぬべからん萬葉集などの歌をば心をも取なり。人とはゞ見ずとやいはん玉津しまかすむ入江の春の明ぼのと侍る歌は、萬葉の歌に玉津しまよくみていませあをによし奈良なる人の待とはばいかにという歌也。玉津島の一句の外は宜しき句侍らぬ故にかよふにとられ侍るにや、大方及がたきさま也。また人のいたくしらぬ歌本歌に取べからず、作者よく取たると思へども、人しらぬは無念也。またあながち本歌とる亊は宜しからぬ亊也。近代の人の歌取べからず冥加なき亊なり。  一和歌三首以上披講の所には、住吉玉津島影向し給ふゆへに、披講の時は各席を退て聞 給ふべし。道を正しくして偏執の心あるまじきなり。是則愚なる意趣にあらずと承り侍し亊どもを、九牛の一毛しるしつくるなり。時に嘉暦元年六月十八日染紫毫書四麻畢  Subtitle  和歌用意之條々  Description  一可詠題亊結題の言の字あるをば心をめぐらし詞を亊とすべからず。たとへば尋花待郭公などの類に侍る題にては尋る待といふ言をば、無左右よまずとも心は深く尋ねあながちに待べし。亦遠し近しとあらん詞の字以て准歟故禪門遠山雪  0001: 風通ふ雲も外山にしぐれけりかさなるをりの嶺の白雪  風體雖不被庶幾遠字依無故哉之同題を眞觀房  0002: さらてたに跡埋むらん深山路にさこそは雪の降積るらん  遠字以て心得べし。亦戀旅等にも結びたらん詞の字をばかくのごとく可致歟。又庭上の上の字水邊の邊の字野外の外の字霞の中の中の字かくのごときの字は皆捨べきなり。但野徑の徑の字山路の路の字共に道なるがゆへに、行歩の心をよめり。後京極殿野徑月をよめる  0003: 行末は空もひとつの武藏野の草の原より出る月かげ 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0422/五十首歌たてまつりけるに、野径月/摂政太政大臣】 【行末は/空もひとつの/武蔵野に/草の原より/いつる月かけ】  同じ題を 知家卿  0004: むさし野は行末ちかくなりにけり今宵ぞみつる山のはの月 【続古今和歌集/続古今和歌集巻第十/羇旅歌】 【0886/入道二品道助親王家五十首に、野径月/正三位知家】 【むさし野は/行末ちかく/成にけり/こよひそみつる/山のはの月】  山路花 故禪門  0005: 峯の雲汀の雪に埋もれて花にぞたどる志賀の山人  徑の字路の字以之可心得歟  一文字の數あらん題をば、上下にまじはるべし  一所にならべつゞくる亊見ぐるしきなり。亦題のやうにしたがひて、上下にする亊苦しからず。一字題は徳を上の句にいひて下句にをくべし。それも又便宜によるべし。二字もまた然也。レかれども貝花見月と侍らん題にては、月見れば花見ればと初の五文字におきて、殘の四句に云亊なるべし。  一殘花岸蕨など結びたるらん題をば、二字成ともよみわけたらん、尤も神妙也。その名二字にかかる〓(ヒ/矢+欠)冬早苗などは勿論なり、されば清輔朝臣も題を能々心得べしとはいへり。返々肝心なりと、常の物語にも申されき。されば秀逸にて集に入たる歌も、歌合に負る亊あるは、題に叶はざるゆへと覺はべる。  一本歌をとる亊さま%\の體あり。古歌の言を上下におきあらたむる亊本體なり。本のまゝにおきつれば、いかなる風情をめぐらしても、新しき歌に聞えず、本歌の詞をおき改むるといへるは、故禪門籬〓(ヒ/矢+欠)冬を  0006: 行春もよるは越じととゞまらん暮るまがきの山吹の花  0007:  本歌 夕暮の籬は山と見へなゝんよるは越えじと宿りとるべく 【古今和歌集/古今和歌集巻第八/離別歌】 【0392/人の花山にまうてきて、夕さりつかたかへりなんとしける時によめる/僧正遍昭】 【夕暮の/まかきは山と/みえなゝん/よるはこえしと/やとりとるへく】  0008:  卯花似月 卯の花の籬は雲のいづことて明ぬる月の影やどすらん  0009:  本歌 夏の夜はまだ宵ながら明ぬるを雲のいづこに月宿るらん 【古今和歌集/古今和歌集巻第三/夏歌】 【0166/月のおもしろかりける夜あかつきかたによめる/ふかやふ】 【夏のよは/また宵なから/あけぬるを/雲のいつこに/月やとるらん】  0010  夕立 泉川水増るらし夕立にけふみかのはら雨はふりきぬ  0011:  本歌 都出てけふみかの原泉河かは風さむし衣かせやま 【古今和歌集/古今和歌集巻第九/羇旅歌】 【0408/題しらす/よみひとしらす】 【宮こいてゝ/けふみかの原/いつみ川/かは風さむし/衣かせやま】  0012:  蟲 あし垣のまぢかき程のきり%\す思ひやなぞといかで問まし 【新後拾遺和歌集/新後拾遺和歌集巻第四/秋歌上】 【0318/弘長元年百首歌に、虫を/前大納言為氏】 【芦垣の/まちかき程の/きり++す/思ひやなそと/いかてとはまし】  0013:  本歌 人しれぬ思ひやなぞとあし垣のまぢかけれども逢よしのなき 【古今和歌集/古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【0506//】 【人しれぬ/思ひやなそと/あしかきの/まちかけれとも/逢よしのなき】  唯今覺悟するに隨ひてしるす也、他家には此體はばからず、たゞ古歌のまゝにのみおける、されば出來と利口申されき。其體といふは眞觀房鶯をよみ侍りける  0014: 春來ぬといひし計に鶯の啼ねを早く侍出つるかな  0015:  本歌 今こんといひしばかりに長月の有明の月を待出つる哉 【古今和歌集/古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【0691//そせいほうし】 【今こむと/いひしはかりに/長月の/有明の月を/待出つる哉】  0016:  郭公 時鳥はねをやかほにをほふらんなくより外の聲も聞えず  0017:  本歌 人知れず顏に袖をばおほへとも泣より外のなぐさめぞなき 【後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第十四/恋四】 【0781/忍ひたる女に/堀川右大臣】 【人しれす/かほには袖を/おほひつゝ/なくはかりをそ/なくさめにする】  0018:  庭雪 人とはぬ宿の白雪かきつめて外の消なん後ぞ見るべき  0019:  本歌 見る人もなき山里の櫻花外の散なむ後ぞ咲まし 【古今和歌集/古今和歌集巻第一/春歌上】 【0068/亭子院歌合の時よめる/伊勢】 【みるひとも/なき山里の/桜はな/ほかのちりなん/のちそさかまし】  0020:  菖蒲 枕とてあまたはねずなあやめ草かりにぞ給ぶたゞ一夜のみ  0021:  本歌 小車の錦のひもをときあけてあまたはねずな唯一夜のみ 【続古今和歌集/続古今和歌集巻第十三/恋歌三】 【1170/そとをり姫の、くものふるまひ、とよみ侍る歌をきかせ給て/允恭天皇御歌】 【をくるまの/錦のひもを/ときかけて/あまたはねすな/たゝ一よのみ】  0022:  鹿を 秋の野のを花に交り鳴鹿の色にや妻をこひわたるらん 【新後撰和歌集/新後撰和歌集巻第四/秋歌上】 【0316/建保三年内裏歌合に/信実朝臣】 【秋の野の/お花にましる/鹿の音は/色にや妻を/恋わたるらん】  0023:  本歌 秋の野の尾花に交り咲花の色にや戀んあふよしをなみ 【古今和歌集/古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【0497//】 【秋のゝの/お花にましり/咲花の/色にやこひん/あふよしをなみ】  0024:  薄を 花薄おほかる野邊にから衣たもとゆたかに秋風ぞ吹 【続古今和歌集/続古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0348/秋歌中に/中務卿親王】 【花すゝき/おほかるのへは/から衣/袂ゆたかに/あき風そふく】  0025:  本歌 嬉しさを何につゝまんから衣袂ゆたかにたてといはまし 【古今和歌集/古今倭歌集巻第十七/雑歌上】 【0865//】 【うれしきを/なにゝつゝまん/唐衣/たもとゆたかに/たてといはましを】  古歌を取體以て可致受合歟、たとひ又置所あらためたりとも、二句迄は是をゆるす、三句までつゞけんこと無念也。一句なりとも肝要をとらば言本歌と聞ゆべし。一首をさながら取とも枝葉にかゝらば言本歌と聞ゆべからず。又古歌に贈答したる體あるべし、有といふになしといひ、見るといふにみずといへる是也古歌にいはく  0026: 心あらん人に見せばや津の國のなには渡りの春のけしきを 【後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第一/春上】 【0043/正月はかりに津の国に侍けるころ、人のもとにいひつかはしける/能因法師】 【心あらん/人にみせはや/津の国の/なにはわたりの/春のけしきを】  これに答て 故禪門  0027: 霞ゆく難彼の春の明ぼのに心あれなと身を思哉  心あらん人にといへるを答て我心あれなと贈答せられたる、無比類こと歟。また 故褝門旅宿嵐を  0028: 草木ふくむべ山風と聞しには旅ねの袖は猶ぞしほるゝ  0029:  本歌 吹からに秋の草木のしほるればむべ山かぜを嵐といふらん 【古今和歌集/古今和歌集巻第五/秋歌下】 【0249/是貞のみこの家の歌合のうた/文屋やすひて】 【吹からに/秋の草木の/しほるれは/むへ山かせを/あらしといふらん】  是らは皆以て同し心詞、本歌に立勝をや眞觀房贈答云  0030: 人をこそ待てもあらめ曇れとはいかゞ思はん秋の夜の月  0031:  本歌 月夜にはこぬ人またるかきくもり雨も降なんわびつゝもねん 【古今和歌集/古今和歌集巻第十五/恋歌五】 【0775//】 【月夜には/こぬ人またる/かき曇り/雨もふりなん/侘つゝもねん】  如此ならば誰人か贈答せざらん、心詞つよく不珍重たゞ理をのみせめて無殊興歟取心不取詞の體あり。また心をとらずして、さながら姿を取捨たるやうあるべし。分別あるべき亊なり。  一初五文字によりて、歌はこはくもゆふめきも聞ゆるもの也。當流には肝要を初五文字にをくゆへに、探題をよむときも、五文字を殘して後に、亊々のあるによりて、五文字のかき所つまりて注付などをしたるやうに見ゆる亊侍り、また五文字は歌の目鼻なり、よき顏にむかへるごとしと思ヘり。亦五文字を置ずして二句へよみあます亊あり、殊に不快の體なり云々。其外近代この體をおかしつれば披講のとき耳にたつ亊あり。されば京極中納言入道も、櫻ちる月やあらぬなどはよむべからずと申され侍る。また五文字の終にやといふ歌の體あり。聊子細ある亊なり。或は名所あるひは神祇などに、其子細をいひあらはさんとて置分也無用におくべからずと也。  一上句に詞をつくし力を入ざれば下句かならずよみにくし。連歌と歌とかはる亊此いはれなり。連歌は一句に心をいひはてたるに、後句を求めつくるによりて、連歌歌とてこはく聞ゆるは此謂れ也。をとりたれども下句に理かなへばよき歌なり、下句上句にをとらば透逸の體にあらず。  Description  解題           【久松潛一】  本書は藤原爲世の著である。庭訓抄ともいふ。爲世は二條家であつて爲家の平淡美歌論の見解をうけ、その立塲から作歌した。爲兼と相容れず、勅撰集の撰者を競つた點と關係して種々論難した。それは延慶兩卿訴陳状によつても見られ、また爲世派の著した歌苑連署亊書や野守鏡によつても見られるが、本書は直接に爲世がその見解を記したものである。冩本は、帝國圖書舘、彰考舘をはじめ諸所に見られるがそれ/\本文の異同が尠くない。爲兼卿和歌抄と同じく、複製された。本書は編者藏の字本によつて久曾神氏藏本その他のとるべき異同を少しく擧げた。本書は内容としては格別注意すべきものを見ないが爲世の著といふ點から注意されるので、爲兼卿和歌と併せて見るべきものと思はれる。  なほ附録としてそへた和歌用意之條々は底本とした和歌祕傳抄に添へられて居るので、こゝに加へることにした。和歌用意之條々は和歌の作法書ともいふべく、格別注意すべき價値は尠い。古語深祕抄にも收められて居るが諸本の間に相當異同がある。  End  底本::   著名:  中世歌論集   編者:  久松 潛一 編   発行所: 岩波書店   初版:  昭和九年三月五日   発行:  昭和十三年七月三十日 第四刷  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年5月12日〜2003年5月18日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年06月20日