Title  歌枕もしほ草  叙  時は彌生、櫻痩せて春を占むること少なく、庭は寛うして月を得ること多し、草扉人希にして物と我と共に長閑なる夜、讚岐の國なる東阿子、小册を懷にし來りて、それがいとぐちをなむ乞はれたる。其の稿を見るに、西上人の詠吟の中にかの國の名どころ、あるは古亊など多かるを、まめやかに冩し物せられけるなり。其の趣は後序に委し。實に此人は年比螢雪の窓かげ明らかに、風月の才短かからず、予は俳諧者流にして和歌の浦邊はたどりしるべくもあらねど、かの、うれし顏にも鳴く蛙と聞えし玉の面影を常にしたふものから かくおほどかならぬいさをしを聞くに、むかし白河の關をよぎるとて衣の襞を正しけむ心緒までおもひ并ばされ、すゞろに涙落ちて覺えずも硯をならしぬ。是ひとへに感慨の餘なれば、錦繍の上に履を脱捨てける罪を覽む人見ゆるし給へ                浪華蘆垣岡橋敏夕書  0001  崇徳院さぬきへおはしまして後、歌といふことの世にいときこえざりければ、寂然がもとへいひつかはしける                     西行上人 言の葉のなさけ絶えにしをりふしにあり逢ふ身こそ悲しかりけれ  0002  かへし                  寂然 敷島や絶えぬる道になくなくも君とのみこそあとをしのばめ  0003  讚岐にて御心引かへて、後の世のこと御つとめひまなくせさせおはしますと聞て、女房の許へ申し遣はしける 世の中を背くたよりやなからましうきをりふしに君があはずば  0004  是もついでに具してまゐらせける あさましやいかなる故の報にてかかる亊しもある世なるらむ  0005  かへし 松山のなみだは海にふかくなりて蓮の池にいれよとぞおもふ  0006 波のたつ心の水をしづめつつさかむはちすを今はまつかな  0007  院、松山におはしましけるに、たよりにつけて女房のもとより 水くきのかきながすべきかたぞなきこころの中は汲みて知らなむ  0008  かへし ほどとほみかよふ心の行くばかりなほかき流せ水くきのあと  0009  又女房つかはしける いとどしくうきにつけても頼むかな契りし人のしるべ違ふな  0010 かかりける涙にしづむ身のうさを君ならずして誰かこたへむ  0011  かへし 頼むらむしるべもいさやひとつ世の別にだにも迷ふこころは  0012  讚岐に詣で松山と申す處に、院おはしましけむ御あとたづねけれどかたもなかりければ     西行上人 松山の浪にながれて來し舟のやがてむなしくなりにけるかな  0013 松山の浪のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり  0014  仁安の比、西國はるばる修行仕侍りしついでに、讚州みを坂の林といふ所にしばらく住み侍りき。深山邊の楢の葉にて庵結びて妻木こりたく山中のけしき、花の梢によわる風、誰とへとてか呼子鳥、蓬がもとの鶉、ひねもすにあはれならずといふことなし。長夜の曉さけびたる猿の聲を聞くに、そぞろ腸を斷ち侍り。かかる栖は後世の爲にも、侍らねども、心そぞろに澄みて覺ゆるにこそ、かくても侍るべかりしに、浮世の中には思ひをととめじと思ひ侍りしかば、立ち離れなむとし侍りしほどに、新院の御墓所を拜み奉らむとて、白峯といふ所に尋ね參り侍りし、松の一むらしげるほとりに、かきぬきしまはしたり。これなむ御墓にやと今更かきくらされて物も覺えず目のあたり見奉りて よんや君むかしの玉の床とてもかからむ後はなににかはせむ  0015  引田の浦 はしたかのしくも引田の浦なれや沖江にかかるしらとりの松  0016  六つ妻山 苅藻かきひとり臥猪もあるものを六つ妻の鹿は何を鳴くらむ  0017  讚岐國大師のおはしましける御あたりの山に、形のごとくなる庵結びて住みけるに、月いとあかくて海の方くもりなく見え侍りければ         西行上人 くもりなき山にて海の月見れば鳥ぞこほりの絶え間なりける  0018  四國の方へ具してまかりける同行の都へ歸りけるに かへり行く人の心を思ふにもはなれがたきはみやこなりけり  0019  ひとりみおきて歸りまかりなむずるこそ哀に、いつか都へは歸るべきなど申しければ 柴の庵のしばし都へかへらじと思はむだにもあはれなるべし  0020  住みけるままに庵いとあはれに覺えて 今よりはいとはじいのちあればこそかかる住ひのあはれをもしれ  0021 山里に浮世いとはむ友もがなくやしく過ぎしむかしかたらむ  0022  庵の前に松の立てりけるを見て 久に經て我が後の世をとへよ松あとしのぶべき人もなき身ぞ  0023 ここをまたわがすみうくてうかれなば松は獨にならむとすらむ  0024  雪の降りけるに 松の下は雪降る折のいろなれやみなしろたへに見ゆる山路に  0025 雪つみて木もわかず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり  0026 花とみるこずゑの雪に月さえてたとへむかたもなき心ちする  0027 まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける  0028 折しもあれうれしく雪の埋むかなかきくもりなむと思ふ山路を  0029 なかなかに谷のほそ路うづめ雪ありとて人のかよふべきかは  0030 谷の庵に玉のすだれをかけましやすがる埀水の路をとぢずば  0031  花まゐらせける折しも折敷に霰の降りかかりければ しきみおくあかの折敷にふちなくば何かあられのたまとまらまし  0032  大師の生れさせ給ひたる處とて、めぐりしまはしてそのしるしの松のたてりけるを見て あはれなりおなじ野山にたてる木のかかるしるしの契りありけり  0033 岩にせくあかゐの水のわりなきは心すめともやどるつきかな  0034  まんだらじの行道所へ登れば、世の大亊にて手をたてたるやうなり。大師の御經書きて埋ませおはしましたる山の峯なり。はうの卒都婆一丈ばかりなるだんつきて立てられたり。それ日はごとに登らせおはしまして行道しおはしましけると申し傳へたり。めぐり行道すべきやうにだんも二重につきまはされたり。登る程の危きことに大亊なり。かまへてはひまはりつきて めぐりあはむ亊のちぎりぞ頼もしききびしき山の誓ひ見るにも  0035  やがてそれがうへは大師の御師に逢ひまゐらせおはしましたる峰なり。わかはいしさとその山をば申すなり。その邊の人はわかはいしとぞ申ならひたる。山もじをすてて申さず。又筆の山とも名づけたり。遠くて峯は筆に似てまろ/\と山の峯のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。行道所よりかまへてかきつき登りて嶺にまゐりたれば、師にあらせおはしまし所のしるしに堂をたておはしましたりける、堂の石ずゑばかりなる大き也。高野の大たうばかりなりけるたうのあと見ゆ。苔はふかくうづみたれどもいし大きにしてあらはに見ゆ筆の山とす申す名につきて 筆の山かきのぼりても見つるかな苔のしたなる岩のけしきを  善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて大師の御手などもおはしましき。四門の額少々われて、おほかたはたがわずして侍りき。末にこそいかがなりけむ。さらに。おぼつかなく覺え待りしか  いにしへの亊をも忘れず我後の世もとへよと西行上人の植ゑ給ひし一木の松、六つのもゝ數いそぢの春秋を經ぬどれ更らぬものから、なほ久の松のひさに經よと、此のかたはらにいし文を建つるの日、我がすけるかたの心の糸すぢの捨てがたきまま、かの法師の詠み給ひし此の國の玉藻にまじる玉の、光あるをあつめて歌枕もしほ草といへど、濱千鳥のつきせぬ世々の言の葉なれば、人にも尋ね問ひ聞きぬれど、海士の子のみるめをれくることわざなれば、あからさまの亊どもあらむかし。                  護陽 菅原東阿  寶暦十一辛巳年三月吉辰  右は、竹柏園藏、寶暦十一年の板本、折帖一册によりて飜刻す。この本、西行手植の松のほとりに六百五十年紀念(此の六百五十年の算定の基礎不明、生誕よりならば、寶暦十一年は六百四十三年なり)にとて、讚州に關する西行の作を輯めたりといへども、中には出典不審なるものあり。たしかなる西行の集とは言ひがたし。  底本::   著名:  西行全集        第一巻   発行所: ひたく書房   初版:  1981年02月16日 発行  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.org)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2001年03月20日  校正::   校正者:    校正日: