Title  西行山家集(七家和歌集合綴本)  Author  西行  0001  年月出家の心ざし淺からずといへども大方名利恩愛のきづな切がたく、むなしく月日を送りけるに、うとましく覺えて いつなげきいつ思ふべきことなれば後の世しらで人の過ぐらむ  0002 何ごとにとまる心のありければさらにしもまた世のいとはれぬ  0003 いつの世にながき眠の夢さめておどろく亊のあらむとすらむ  0004 岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらむ  0005 たちかはる春を知れとも見せがほに年をへだつる霞なりけり  0006 うぐひすの聲ぞ霞にもれてける人めともしき春の山里  0007  鳥羽殿へ行幸ならせ給ひて、はじめたる御所の障子の繪ども、一づゝを題として、其の日のうちによみて奉りける。春の雪ふりつもりたか山のふもとに川ながれたる所をかかれたるをみて 降りつみし高ねの深雪とけにけり清瀧川の水のしら波  0008  山里の柴の庵にあるじのゐて、梅の木ずゑをながむる所をみて とめこかし梅さかりなる我が宿にうときも人はをりにこそよれ  0009  花下にて月をながむる所ありければ 雲にまがふ花のもとにてながむれば朧に月のすめるなりけり  0010  夏のはじめ杜鵑を尋ぬとて山田の杉の村だちの中に分け入りたるをのこ書きたるを 聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむら立  0011  杜鵑の初音尋ねるかひありて聞きえたる所を見て ほととぎす深き嶺より出でにけり外山のすそに聲のおちくる  0012  清水ながるる柳蔭に水を掬ぶ女を書きたるを見て 道のべにしみづ流るる柳蔭しばしとてこそ立ちどまりつれ  0013  龝の初風草葉をむすび、下ばの露もおきどころなく、心ぼそく畫かれければ あはれいかに草葉の露のこぼるらむあき風たちぬ宮城のの原  0014  山田の庵のほとりにて鹿の鳴ける所を見て を山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかすかな  0015  高き山にしら雪かゝりたる所をみて 秋篠や外山のおくや時雨るらむ伊駒のたけに雲のかかれる  0016  小倉山の嶺の梢の風にさそはれたる所を をぐら山麓の里に木のはちればこずゑにはるる月をみるかな  0017  勅にそむきがたきによりて十首歌にたてまつりける。あひ親しき佐藤衞門のりやすはかなく成りにければ世の中いとどあはれにおぼえて 越えぬれば又も此の世に歸りこぬ死出の山路ぞ悲しかりける  0018 世の中を夢にみるみるはかなくもなほおどろかぬわが心かな  0019 年月をいかで我が身に過しけむ昨日の人の今日はなき世に  0020  ニ月の頃出家は一定おもひ定めて侍りし時、空も霞みて心ぼそくありしかば、思の色もあらはすとして 空になるこゝろは春の霞にて世にあらじともおもひたつかな  0021 風の音心をくだき、月の光くまなくてらして、物がなしく覺えて おしなべて物を思はぬ人にさへこゝろをつくる秋の初風  0022 世のうきにひとかたならずうかれゆく心さだめよ秋の初風  0023 物思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなる哀そふらむ  0024  家をいでむとするに、むすめの泣くを聞きて、いよいよあはれにおぼえて 露の玉きゆれば又も置くものをたのみのなきは我身なりけり  0025 年頃嵯峨にしりける聖のもとへ尋ねきて、出家をとげにける程、いかにと申しければ 世をすつる人はまことに捨つるかは捨てぬ人こそすつるとはいふ  0026 うけがたき人の姿にうかび出てこりずや誰も又しづむらむ  0027 世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて數ならぬ身の思出にせむ  0028  いよいよ山深き住居のみ心にかゝりて さびしさにたへたる人のまたもあれないほりならべむ冬の山里  0029 身のうさを思ひ知らでややみなまし背くならひのなき世なりせば  0030  何となく年も既に暮れなむとす。さすがによろづ思ひ出されて 年暮れしそのいとなみは忘られであらぬ樣なるいそぎをぞする  0031 昔おもふにはにうき木をつみ置きてみし世にも似ぬ年の暮かな  0032  庵のまへの梅の花、にほひを風にたぐへつつ、かをらぬかたもなかりけるにや、たまぼこの道行きかふ人さへ詠めけるも物悲しく覺えて 心せむ賤がかきねの梅の花よしなくすぐる人なとがめそ  0033 香をとめて人をこそまて山里の垣根の梅のちらぬかぎりは  0034  ならびの庵室なる梅の花、匂ひを風にたぐへて草庵になつかしくかをりければ 主いかに風わたるとていとふらむよそに嬉しき梅の匂ひを  0035  柴のあみ戸かすかにて、むかへの雲いづちならむと心のうちもいそがはしく思ひ入りて侍りけるに、むかし見なれし人々花見にとて來てありけるが、心ならぬあろさまを聞くことありければ 花見にとむれつつ人の來るのみぞあたら櫻のとがにざりける  0036  芳野山へ尋ね入りて、梢の花をながめつつ心をすまし、便もあらばなど思ひ立ちて出でにけり。あはれ同じ心の友もありなばいかに嬉しからましなじ覺えて 誰かまた花をたづねて吉野山こけふみわくる道つたふらむ  0037  櫻の枝に雪ふりて花おそげなるけしき心もとなくおぼえければ 吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな  0038  咲きみだれる花のもとを詠めけるに、枝をはなれて根にかへる花のありければ ながむとて花にもいたくなれぬれば散る別こそ悲しかりけれ  0039  木々の梢に花の咲きみだれたるありさまも淺からずおぼえて 芳野山やがていでじと思ふ身を花ちりなばと人やまつらむ  0040  落ちくる花の、山川にうかびて流れければ、渡るべきほどもなかりけり 風吹けば花の白波岩こえてわたりわづらふ山川のみづ  0041  いづちの程もしりがたければ、熊野へまゐらむとて出でたちける。木々の梢もわりなくて おろかなる心のひくにまかせてもさてさはいかにつひの栖は  0042  熊野路におもむきてやがみの王子にわりなくおぼえて、柱にかくぞ 待ちきつるやがみの櫻さきにけりあらくおろすな嶺の山風  0043  寂蓮法師百首歌すすめけるによみて遣しける すゑの世もこの情のみかはらずと見し夢なくばあやしからまし  0044 やみ晴れて心の空にすむ月の西の山べやちかくなるらむ  0045  日かず經れば本宮へまゐりつきて、心すみたふとく覺えて、光を塵にまじふるは結縁の初とのたまへば一日もたのもしく覺えて かたちかへてたすくる神のしるしあらば路に佛の道しるべせよ  0046  花山の法皇御庵室の跡に、年ふりたる櫻のかれなむとするを見て 木のもとにすみつる人の見つるかな那智の高嶺の花をたづねて  0047  枯れたる櫻の一ふさ咲きたるをみるに、生死無常も悲しく覺えて わきてみむ老木は花のあはれなり今いくたびの春にあふべき  0048  月ことにあかかりければ 深き山に入りける月を見ざりせば思出もなき我身ならまし  0050  姨捨と云ふ所を見ければ、思ひなしにや月ことにあかくて、名にしおふかと覺えて をばすては信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ  0051  あづまやと云ふ所にとまりて、時雨の後月くまなかりければ 神無月時雨はるればあづまやの嶺にぞことに月はすみける  0052  そとばの紅葉の下にうづもれて有りけるにそぞろに心ぼそくて あはれとて花見し嶺に名をとめて紅葉ぞけふの友となりける  0053  千種の嶺といふ所につきて有りけるに、木しげき嶺にて品々の色々に見えて殊に哀にて わきてゆく色のみならず梢さへ千種のたけはこゝろすみけり  0054  ありのとわたりとて、小篠茂り霧立ちこめてよろづ心ぼそくて殊更道もわきまへぬほどなれば 篠ふかく霧立つ嶺を朝立ちてなびきわづらふありのとわたり  0055  行者がへりと云所をとほりけるに 屏風にや心をたてて思ひけむ行者はかへりち兒はとまりぬ  0056  さまざまの所ををがみ參りていよいよ心すごく覺えて 身につもること葉の罪もあらはれて心すみける三かさねの瀧  0057  平等院の僧正、千日籠の時「もらぬ岩やも袖はぬれけり」と詠みたまふもけふ見る心ちして、捨てぬべく覺えて 露もらぬ岩やも袖はぬれけりときかずばいかにあやしからまし  0058  大和ちかくなりて、人里もはるかに見えれたりけるほどに、鳩の聲もをりしりかほに聞えて、かつらぎのわたりも見えわたり、正木のかつら色もかはりぬ、紅葉にて心の中もいかにとやらむおぼえて かつらぎや紅葉の色も秋にして松のこずゑもにしきなりけり  0059 古はたの岨の立木にゐる鳩の友よぶ聲のすごき夕ぐれ  0060 夕されば檜原の嶺をこえゆけばすごく間こゆる山鳩の聲  0061  麓にいづれば付きたる同行ども思ひ思ひに別れゆき、我身はいづくをさして行くべしともおぼえず。今さらかなしう袖もしぼりあへぬほどなれば さりともとまたあふことを頼むかな死出の山ぢをこえぬかぎりは  0062  心細き曉ぬえと云ふ鳥聞えければ さらぬだに世のはかなさを思ふ身にぬえの鳴きたる明ぼのの空  0063  心ざし淺からぬ亊にて、住吉へ參りて、をがみまつりけるに、沖の波岸をあらひ、松のこゑ琴をしらべ、よろず心ぼそくありけるに、源三位頼政「月おちかかるあはぢしま山」とよみけむも誠におぼえて、松のしづ枝あらひけむ波今のこゝちして 住吉の松の根あらふ波の音をこずゑにかくるをちのしほ風  0064 いにしへの松のしづ枝をあらひけむ波をこずゑにかけてこそみれ  0065  その年は住吉に籠りて、かへる年の春都へ行きけるに、難波のかたをながむれば潮路はるかにかすみこめて海上のつり舟ほのみえて、蘆の桔葉さそふごとに身にしむ心ちして 津の國の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風わたるなり  0066  さすがに死なれぬ命なれば、行きめぐり再び故里へ歸り來さすらひありて本のわが身ならず、覺えて哀なりければ 昔よりはなれがたきはうき世かなかたみにしのぶ中ならねども  0067 いづくにも住まれすばただすまであらむ柴の庵のしばしなる世に  0068  兵衞介殿の御つぼねのまへ昔の花をおもひいでて、殊更雨ふり物悲しくて申し遣しける みる人に花もむかしを思ひ出でて戀しからまし雨にしをるる  0069  返し いにしへをしのぶ雨をば誰か見む花もむかしの友しなければ  0070  いよいよ山ふかくすすまれて 山深くさこそ心はかよふともすまであはれはしらむものかは  0071  建春門院の少納言、西行が家集をかりて返しける書の奧にかくこそ 卷ごとにたまのこゑせし玉づさのたぐひは又もありけるものを  0072  返亊 よしさらばひかりなくとも玉とみて言葉の塵は君がみがかむ  0073  月も暮れがたになりぬれば、いりあひの鐘のこゑすごく聞えければ またれつる入相の鐘の音すなりあすもやあらば聞かむとすらむ  0074  曉の月のことにあかかりければ 山蔭にすまぬ心のいかなれやをしまれて入る月もある世に  0075 あかつきの嵐にたぐふ鐘の音をこころのそこにこたへてぞ聞く  0076  ありしむすめのこと常に思ひ出でられて やまかげのいほりは人めばかりにて今日は心のすまばこそあらめ  0077  仁和寺の御堂にめされてまゐりければ、月百首をすすむる亊あり、結縁せられるべきよしおほせ下されければ うれしやと待つ人ごとに思ふらむ山の端いづる秋の夜の月  0078 月のゆく山に心をおくり入れてやみなるあとの身をいかにせむ  0079 夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋を思ひ出でつつ  0080 更けにけりわが身の影を思ふまにはるかに月の傾きにける  0081 月を待つ高ねの雲は晴山にけり心あるべき初しぐれかな  0082 捨つとならば浮世をいとふしるしあらむ我にはくもれ秋の夜の月  0083 有明は思ひ出あれや横雲のただよはれつるしののめの空  0084 したはるる心やあると山のはにしばしな入りそ有明の月  0085  さいにん入道西山の邊に住むを聞きて「秋の花いかにおもしろからむ」と申したりければもろもろ花つみあつめて、返亊に 鹿のねや心ならねどとまるらむさらでは野邊をみなみする哉  0086  返亊 鹿の立つ野邊の錦のきれはしは殘りおほかる心地こそすれ  0087  すゞか山のけしきあはれにおぼえて すずか山うき世を外にふりすてていかになりゆく我が身なるらむ  0088  さても大神宮に入りて御もすそ川の邊に、杉のむら立の中に入りて、一の鳥居よりをがみ奉るに、ちはやぶるあけの玉垣あつめてよろづこころすごくおぼえて、一度のあゆみによりてニ世のぞみを滿たさむことの嬉しくて ふかく入りて神路の山を尋ぬればまた上もなくすめる月かな  0089 宮柱したつ岩根にしき立ててつゆもくもらぬ日の御影かな  0090  嶺の嵐しきりにおろせば、みもすそ河の浪汀をあらひ、齋垣の松に立ちよれば、千とせの縁身にしみて、さいばらの聲すみ、おなじ空行く月なれどなど明らむ、此砌は木葉時雨もなく殊にさやかにて、墨染の袖もしぼるばかりにして 神ぢ山月さやかなるちかひありて夭が下をばてらすなりけり  0091 さかき葉に心をかけしゆふしでを思へば神もほとけなりけり  0092  二見浦と言ふところに庵をむすびすみける。すけたかのさいせうの讀みたりし「玉くしげ二見のうらのかはらけにまき繪にみゆる松のむら立」を詠てぞ心すます便とはなぐさめし霞たなびき、月もかすかなりければ 思ひきや二見の浦の月を見て明くれ袖になみかけむとは  0093 神路山みしめにこもる花ざかりこはいかばかりうれしかるらむ  0094  風の宮の花ことにわりなく覺えて この春は花もをしまで千代ならむこころを風の宮にまかせて  0095  月よみの宮に參りてければ、誠に名にしおひて月の光くまなく花の梢もこころすごく さやかなる鷲の高根の雲ゐより影やはらぐる月よみのもり  0096 鷲の山月を入ぬとみる人はくらきにまよふこころなりけり  0097 梢みれば秋にかはらぬ名なりけり花おもしろき月よみの杜  0098  櫻の宮の梢の風にたはぶれ匂ひちるさま、雪降りつもる芳野山かとあやまたれて 散るをみてかへる心や櫻花むかしにかはるこころなるらむ  0099 神風にこころやすくぞまかせける櫻の宮のはなのさかりを  0100  さてもあづまの方へとて思ひ立ちしかば淺からず契る人々きて夜もすがら名殘をしみて弦歌の曲にとどめて袂をしぼりけるに、月あかかりければ 君もとへ我もしのばむ先だたば月をかたみと思ひいでつつ  0101  いのちのほどもしりがたくて 年たけてまたこゆべしと思ひきやいのちなりけりさよの中山  0102  かくうち詠めゆく程に秋風ことに身にしみて、いつしか野邊のけしきことわりがほにうちかをり、蟲のこゑさへよわりつつ、誰か云ひやらむ越路の雁もおとづれて心ぼそく覺えければ 秋たつと人はつげねどしられけりみ山のすその風のけしきに  0103 おぼつかな秋はいかなる故のあればすずろにものゝ戀しかるらむ  0104 白雲をつばさにかけてとぶ雁の門田のおもの友したふなり  0105  清見が關を過ぎけるに月の光水にかゞやきて、よろづ心哀をもよほし、涙とどまらぬ程なれば 清見がた*襖の岩こす白波にひかりをかはす秋の夜の月  0106  よろづにつけて哀まさりゆくほどに、駿河國在五中將の、山はふじのねいつとてかと云ひけむ有樣思ひ出でられてもの悲しく覺えて、さても身はいかにせむずらむといづれの里かいかなる野べの露と消えなんと思ひつゞけて、富士の高根を見れば折しりがほに煙もすごく立ちわたりて哀をもよほさずと云故なしと覺えて 風になびく富士の煙の空にきえてゆくへも知らぬわが思ひかな  0107 いつとなき思ひは富士の煙にてうちふすほどはうき島がはら  0108  木枯の音身にしみてもの悲しく覺えて 山里は秋の末にぞ思ひしる悲しかりけりこがらしのかぜ  0109  とがみがはらと云ふ所を過ぎけるに、妻よぶ鹿の身もつかれたる心ちして松のしげみに見えければ 柴舟のまくずがしげみ妻とめてとがみが原に小鹿鳴くなり  0110  よろづ心細く風のけしきことわりかほに、なれし扇もひまありて、目にはさやかに見えねば風の音さへ哀に、鴫立つ澤のけしきもえならず覺えて 心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ澤の秋のゆふぐれ  0111  秋のあはれ曉のかなしび蟲の音聞きも及ばぬことなれど、紅葉は錦をさらし草ばの露玉をつらね、月の光袂にうつりて雁がね浦ちを渡り、舟のかぢ音につけてむべなるかなや愁の字をもつて秋の心をつくるといふ亊、げにもと覺えて 横雲の風にわかるるしののめに山とびこゆる初雁のこゑ  0112 思ひきや雲ゐの外に見し月の影を袂にやどすべしとは  0113  さらではいづくをこころざすとなければ、月のひかりにさそはれて、はるばると武さし野のかたへわけ入るほどに、萱が露にやどる月末こす風に玉しきて、小萩が原に鳴くむしの袖になみだをつらねつつ、尋ぬる雲のいろなれば、くさのゆかりもなつかしくたもとにやどる月も、あらぬここちして 秋はただ今夜一夜の名なりけりおなじ雲ゐに月は澄めども  0114 いかがわれ清くくもらぬ身となりて心の月の影をみがかむ  0115 茂き野をいく一むらに分けなしてさらにむかしを忍びかへさむ  0116 如何すべき世にあらばやは世を捨てあなうの世やと更に思はむ  0117 玉をぬく露もこぼれてむさし野の草はの結ぶ秋の夕かぜ  0118 かぞへねど今夜の月のけしきにて秋のなかばは空に見るかな  0119  白河の關にとどまりて關屋の柱に書きつける 白河の關屋を月のもる影は人の心をとどむなりけり  0120  雨うち降りてものの哀もいとどまさりければ 誰が住みてあはれ知るらむ山里の雨ふりすさぶ夕ぐれの空  0121  ある暮に人里なかりければ木の下に宿をしめて都のことを思ひいでて うき世にははかなかりけり秋の月ながむるままに物ぞ悲しき  0122 月の色に心を清くそめましや都をいでぬ我が身なりせば  0123  はるかなる野中に賤のわら屋ありけるに宿をとり、くまなき月を見けるに、月見む度に思ひ出でなむとちぎりし人、あはれに思ひいでられて 都にて月をあはれと思ひしは數にもあらぬすさみなりけり  0124 月見ばとちぎり置きてし故郷の人もや今宵そでぬらすらむ  0125  思はざる外に南都の大衆おほく奧州へながされけるに、中尊といふ所にて行き會ひて、おのおの都の亊ども物語をして涙をながしけるに 涙をばころも川にぞながしけるふるきみやこを思ひいでつつ  0126  うき亊聞かぬかたを尋ねて山路はるかに分け入りける しをりせでなほ山ふかく分け入らむうき亊聞かぬ所ありやと  0127 東路のしのぶの里にやすらひてなこその關をこえぞわづらふ  0128  ある野中を過ぎけるに、ことありがほなる塚の見えければ、人に問ひけるに、中將實方朝臣のはかなりといひければ、いとゞあはれに、さらぬだに霜枯の野べのすゝきこころすごく、後にかたらむことはなけむ心地して 枯もせぬその名ばかりをとゞめ置きて枯野のすゝき形見にぞ見る  0129 はかなしやあだにいのちのつゆきえて野べにや誰も送りおかれむ  0130 いつかわれ古きそとばの數に入りて知られず知らぬ人にとはれむ  0131  あくろつがるえびすが島、忍の郡衣川いづれわきてながむべしとも覺えずして過ぐる程に、秀衡に對面して、さてもこの國に御下ある思出に、戀の百首歌をすゝむる亊あり。讀みたべとあながちになげきける間、少々よみて送りける中に、 立て初めてかへる心や錦木の千束待つべき心地こそすれ  0132 身をしれば人のとがとも思はぬに恨みがほにもぬるる袖かな  0133 くまもなき折しも人を思ひ出でゝ心と月をやつしつるかな  0134 あふまでの命もがなと思ひしはくやしかりける我が心かな  0135 たのめぬに君來やと待つ宵の間は深けゆかでただ明けなましかば  0136  ある山里にわら屋の床に宿をかりてふしたりけるに、きりぎりすの聲よわりて間えければ きりぎりす夜寒に秋のなるまゝによわるか聲の遠ざかりゆく  0137  雪うちふりて梢まくらに木葉かさね垣ねのむぐら枯れてきりぎりすのこゑもあはれに覺えければ 霜消えて葎の下のきりぎりすあるかなきかのこゑきこゆなり  0138  都ならねど年の暮む月の初めとて我も我もといそぎけるばかり哀におぼえて 常よりも心ぼそくぞおぼえける旅の空にて年のくれぬる  0139 霜さゆる庭に木の葉をふみわけて月は見るやととふ人もなし  0140 うき身こそいとひながらもあはれなれ月をながめて年の經にける  0141  ある山里に宿をとりて、柳をめぐりに植ゑまはして、軒のほとりに梅を植ゑてありけるに、花の匂ひはかなくおぼえて ひとり寢る草のまくらのうつり香は垣根のうめのにほひなりけり  0142 やまがつのかた岡かけて占むる野のさかひに立てる玉のをやなぎ  0143  さすがにいける命なれば都のかたもゆかしくて、卯月の頃、美濃の國までのぼりしに、旅のあはれをかきあつめ、いつしか都のことも聞かまほしく覺えけるに、杜宇の鳴きければ 杜宇みやこへゆかばこと傳てむ越えくらしたる旅のあはれを  0144 よられつる野もせの草も影そひて涼しくくもる夕立のそら  0145  心にまかせぬ命なれば、二度故郷へ歸り來て、なれし輩を尋ぬれば、そこはかとなく秋ならず尋ねし宿も葎の門さし籠めて昔語になりけり、樂しび盡きてかなしび來る天人の五衰の日にあふ何ごとの不審なきに、二度歸り來ぬらむ我身をはぢしめて 數ならぬ身をも心の持ちがほにうかれては又めぐり來にけり  0146 これや見し昔住みけむ宿ならむよもぎがもとに月の殘れる  0147 あかぬ夜の別は今朝ぞうかりける淺茅が原を見るにつけても  0148  ある所に庵を結びて、無言の行しけるに、五月雨の雲のたえ間より杜宇の鳴きてとほりければ 時鳥人にかたらぬをりふしも初音きくこそかなしかりけれ  0149 うき世いとふ我はあやなし時鳥あはれこもれる忍び音のこゑ  0150 五月雨の晴間もみえぬ絶まより山時鳥鳴きて過ぎけり  0151  都のうちも何となくおぼえて はるかなる岩のはざまにひとりゐて人目おもはで物思はゞや  0152 あはれとてとふ人のなどなかるらむ物思ふやどのをぎのうは風  0153  堀河のつぼね出家の心ざし淺からずしてその故申しあはせむとて西行をよびけるが、參るべきよし申して門のほとりを過ぎければ讀みて送りける 西へゆくしるべとたのむ月かげの空だのめこそかいなかりけれ  0154  かへし 立ちいでて雲門をつたふ月影はまたぬけしきや空にみゆらむ  0155  主うせたる所に夜もすがら悲しむ亊餘衰なれば なさけありし昔のみ猶忍ばれてながらへまうき世にやありなむ  0156 なきあとの面影をのみ身にそへてさこそは人の戀しかるらむ  0157  北山の奧に庵を結て住みけるに、いかにと云人もなかりければ、さすがに哀に覺えて 山里にうき世いとはむ友もがなくやしく過ぎし昔かたらむ  0158 あはれただ心に似たる友もがなうへしたもなくものがたりせむ  0159 山里は人こさせじと思はねどとはるることぞうとくなりゆく  0160  山路はるかにながむれば、正木のかつら風にちり、秋のあはれも身にしみて 松にはふ正木のかつら散りにけり外山の秋や風すさぶらむ  0161  病をうけて既にをはらむとしけるに、死ぬべき期や來らざりけむ、生きかへりてありければ、すべてたのもしき心を淨蓮讀みて遣はしける みだれずと終り聞くこそうれしけれさても別はなぐさまねども  0162  返亊 此の世にて又あふまじき悲しさにすすめし人ぞ心みだれし  0163  西住秋の頃やまふをうけて既に終の時期まくらをさらず侍しとき もろともに詠めながめて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき  0164  大原の奧に良暹が住みける所に、まだすみがまもならはずと云ひけむ人ぞかなしきと覺えて 大原やまだ炭がまもならはずといひけむ人を今あらせばや  0165  知りたりし人逢ふべきよしいひければ、行きてありけるにあるじは君にめされて出にけり心おぼつかなく侍けるに、折ふし雲ゐの外に雁がね聞えければ 人はこで風のけしきのふけぬるにあは山に雁の音づれてゆく  0166  ある人世をそむきて西山に住むと聞きてまかりたりけるに柴の庵すみあらし、稀なるかよひ路なども、木の葉にうづもれてよろづかなしく覺えてあたりの庵にとひたりつるよし申しおきて歸りにけり、その後主來てほいなき亊に思ひて しほなくと苫屋もあれてうき波による方もなき海士としらばや  0167  かへし 苫のやに波たちよらぬけしきにてあまり住みうきほどは見えけり  0168  山里に住む人、聽聞のために問ひたりと申しければいひ遣しける いにしへにかはらぬ君が姿よりけふはときはのかたみなるらめ  0169  返亊 色かへでひとり殘れるときは木のいつを待てとか人の云ふらむ  0170  ある人さまをかへて仁和寺の奧に住むを聞きて尋ねけるに、都へ出でぬとて空しく歸りにけり。其後又人を遣したりける返亊に 立ちよりて柴のいほりのあはれさをいかが思ひし冬の山ざと  0171  かへし 山ざとに心ばかりは住みながら柴のけぶりの立ちかへりける  0172  この歌もそへられたりける をしからぬ身を捨てやらずふるほどのながき闇にや又まがふらむ  0173  かへし 世をすてぬこころのうちにやみこめて迷はむことは君一人かは  0174  何となく都のうちもしづかならぬ亊にてありしかど、思ひ入りたりける心ばかりはうごくかたもなきにや 人しげき市の中にもありぬべしこころぞ人はすみぞめのそで  0175  秋遠く修行し侍りけるほどに、ほど經ける所より侍從大納言成通のもとへ遣しける 風吹けば嶺に木の葉を伴ひていづちうかるゝこころなるらむ  0176  返亊 何となく落つる木の葉も吹く風にちりゆくかたを知らせやはせぬ  0177  ある野中を分けゆきて、木葉しげく結ひ、みちのほとりも見えわかず、むしのこゑこゑきゝみだれて心ぼそくおぼえて 花すすきこころあてにぞ行くままにほのみし道の方もしらねば  0178 おほかたの露にはなにのなるならむたもとにおくは涙なりけり  0179 秋の野の薄がすゑになびかせていかなる人をまつ蟲のこゑ  0180  しばらくの程天王寺に籠りて、心靜かに念佛を申さむとてのをり、雨もすさまじく降りければ、江口の君に宿をかりけれど、かさゞりければ 世の中をいとふまでこそかたからめかりのやどりをかさぬ君かな  0181  かく言ひて出でにければ、君、人をいだして 世をいとふ人とし聞けばかりの宿にこころとむなと思ふばかりぞ  0182  つれたる人にはなるとて たのみおかむ君も心やなぐさむとかへらむことは何時となけれど  0183  新院より戀歌を百首めされけるに、勅にそむきがたきにより奉りける 何となくさすがにをしき命かなありへば人や思ひしるかと  0184 思ひしる人ありあけの世なりせばつきせず物は思はざらまし  0185 面影のわすらるまじき形見かな名殘を人の月にとどめて  0186 うとくなる人をなにとてうらむらむ知られず知らぬ折もありしを  0187 今ぞ知る思ひいでよと契りしはわすれむとてのなさけなりけり  0188 數ならぬ心のとがになしはてじしらせてこそは身をも恨みめ  0189 物おもへばかからむ人もなきものをあはれなりける身の契りかな  0190 有明は思ひ出あれや横ぐものただよはれつつ東雲のそら  0191 もの思ひてながむる頃の月のいろにいかばかりなる哀そふらむ  0192 あやめつつ人しるとてもいかがせむしのびはつべき涙ならねば  0193 なげけとて月やは物を思はするかこちかほなる我がなみだかな  0194  したしみたる人のあづまへくだるに 君いなば月待つとてもながめやらむあづまの方の夕ぐれの空  0195  七月十五日、舟岡にて人のために經供養しけるに、月あかくして心の闇も晴れぬべくおぼえて いかでわれ今夜の月を身にそへて死出の山路の人をてらさむ  0196 こむ世にやこころのうちをあらはさむあかでやみぬる月の光を  0197  心ぼそきをりふし蟲の音の枕に聞えければ その時のよもぎがもとのまくらにもかくこそ蟲のねにはむつれめ 右ハ竹柏園架藏本、縱二二・九糎、一六・五糎、青紙表紙袋綴一册。題簽ニ「七家和歌集」トアリ、即チ、忠岑、友則、遍昭、公忠、清正、兼輔、西行ノ七家ノ集ヲ合綴セリ。コハソノ「西行山家集」ヲ飜刻シタルモノ。原本、二十三丁、一面十行、歌ヲ一行ニ書ケリ 「西行山家集」は、六家集本とも家集とも異りて、傳來を詳しくせざる別系の本にて、詞書より見て、西行物語の如き書より、詞を其儘、又は簡略にして集めたるものの如し。而して今日西行物語等に所見なく、更に、山家集、家集に所見なき歌あり。西行物語はもとより作り物語なれども西行歿後五六十年を出でずして作られたるものにて、西行の歌ならざるを西行の作とせることなし。故に、この集にある歌にて、他書に所見なき歌は西行の新歌といふべし。猶又、本集により西行物語の現存せるものは殘闕本なるかの問題を提供す。  底本::   著名:  西行全集        第一巻   発行所: ひたく書房   初版:  1981年02月16日 発行  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.org)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2000年09月20日-  校正::   校正者:    校正日: