Title  六家抄中山家抄  Subtitle  春(四〇首)  0001 降りつみしたかねのみ雪解けにけり清瀧川の水の白浪  0002 春あさみすずのまがきに風寒てまだ雪きえぬしがらきの里  0003 春になる櫻が枝はなにとなく花なけれどもむつまじきかな  0004 雲にまがふ花のさかりをおもはせてかつかつかすむみ吉野の山  0005 ひとりぬる草の枕のうつり香はかきねの梅のにほひなりけり  0006 なにとなくおぼつかなきは天の原霞にきえてかへる雁がね  0007 いかでわれとこよの花のさかり見でことわりしらむ歸る雁がね  0008 梅をのみわが垣ねにはうゑ置きて貝に來む人に跡しのばれむ  0009 見わたせばさほの川原にくりかけて風によらるる青柳の糸  0010 吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな  0011 山人に花さきぬやと尋ぬればいさしら雪とこたへてぞ行く  0012 またれつる吉野の櫻さきにけり心をちらせ春の山風  0013 おしなべて花のさかりになりにけり山の端ごとにかかる白雲  0014 春をへて花のさかりにあひきつつ思出おほき我身なりけり  0015 ねがはくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月のころ  0016 花にそむ心のいかでのこりけむすてはててきと思ふわが身に  0017 ほとけには櫻の花をたてまつれ我が後の世を人とぶらはば  0018 あくがるる心はさても山櫻ちりなむのちや身にかへるべき  0019 わきて見む老木は花もあはれなりいまいく度か春にあふべき  0020 吉野山花をのどかに見ましやはうきが嬉しきわが身なりけり  0021 鶯の聲を山路のしるべにて花見てつたふ岩のかけ道  0022 白川の關路の櫻咲きにけりあづまより來る人の稀なる  0023 曉とおもはまほしきおとなれや花にくれぬる入あひのかね  0024 芳野山こずゑの花を見し日より心は身仁もそはずなりにき  0025 なにとかくあだなる花の色をしも心にふかく思ひそめけむ  0026 花も散り人も都へ歸りなば山さびしくやならむとすらむ  0027 いかでかは散らであれとはおもふべきしばしとしたふ情しれ花  0028 うき世にはとどめ置かじと春風の散らすは花を思ふなりけり  0029 風もよし花をも散らせいかがせむ思ひいづればあらまうき世ぞ  0030 花もちり涙ももろき春なれや又はとおもふ夕暮のそら  0031   むとて ながめつつ花にもいたくなれぬればちるわかれこそかなし(かり)けれ  0032 誰かまた花をたづねて芳野山苔ふみわくる岩つたふらむ  0033 つくりすてゝあらしはてたる澤小田に盛りにさけるうらわかみ哉  0034 ますげおふるあら田に水をまかすれば嬉し顏にもなく蛙かな  0035 岩とあけし天津みことのそのかみに櫻を誰かうゑはじめけむ  0036 よし野山こぞのしをりの道かへてまだ見ぬかたの花をたづねむ  0037 芳野山やがていでじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらむ  身をすててやがても出まじきと思ふを、世上の人は花の散りなばかへらむと思ふかと云々。山家を思入りて花を見に至る也。  (是カラハ六家抄ノ歌也、右九代抄ノ註夢庵ノ作カト堺尻ヘ尋ネシニイサシラヌ由也。此六家抄ノ註本ハ夢庵ノ自註トテ見セラレシガ是モ夢庵ノ御作トオボエヌコトモ侍レバ憚ナガラ又愚意ヲ書付侍ル、)抑此ヤガテト云ニ二儀アリ、一ハ早ク急クコトヲ云、又一ニハ即其マゝト云心アリ、コノ歌ハ其マゝト云フヤガテ也。ソレヲヤガテモ出マジキトアレバツヰニハ出デンヤウニ心得ラルゝ也。コレハ即吉ニ住居センノ詞ナリ。註ノ心ハソムカネドモ二ツノヤガテヲコトワラネバ人ノ少キゝトゞケヌヤウニナルナリ。  0038                   うぐ 色つつむ野邊の霞の下もえぎ心をそむるぐうひすのこゑ  野邊の下萠の色を霞がつつむ心なり。鶯の心を染むる也。そむるは萠黄の緑也。  鶯ガ下萠ノ心ヲ染ムト押シテ云ヒガタシ、六百番ノ歌合ノ時、「秋風をいとひやすらむ夕まぐれ淺茅が下に鶉鳴くなり」ト詠メル經家ノ歌ハ厭ヒヤスラント疑ヒタルヲサヘトガメラレ侍リ。コレヲ見テコレヲ思フニ、此ノ心ハ人ノ心ナルベシ、人ノ心ト云フハ我ガ心ナリ。鶯ノ聲ガオモシロサニ野邊ニ心ガトマリテ過ギガテニナル軆ナリ。張藉ガ詩ニ「僧房逢着疑冬花」ノ類也。人ノ心ヲ野邊ニソメサスルナリ。鶯ガ染メテニナルナリ。ウグヒスノ聲ニトゞマリテ霞ノツゝミタル野邊ノ下萠マデナガメテ逢着スル軆也。鶯ト若草ト兩ナガラ賞メタル歌歟。春ノ野ノ景ヲミテ專スル處ハ鶯ノ聲ニ心ヲ染メタルモヨシ。  0039 年を經て待つもをしむも山櫻花に心をつくすなりけり  0040 世中をおもへばなべて散る花の我身をさてもいかさまにせむ  Subtitle  夏(九首)  0041 我宿に花橘をうゑてこそ山ほととぎす待つべかりけれ  0042 きかずともここをせにせむ時鳥山田の原の杉のむら立  杉の下蔭をせんに待つ心なり  此抄ノミナラズ此歌ノ註ニセンハ詮ニセン也。トアリ、專トモ盡べシ。ツラ/\案ノ此外ニせにせむトヨミタル歌オボエズ、持別歌ニ文字ノ聲ヲ用フハ不好。大和ヨミヲ本トス。シカレバせト云フ詞、或ハ川ノ瀬、或ハイモセ、或ハ迫門、或イナセナド云フ亊アリ、コノ中、瀬ト背トハ此ノ歌ニ不叶。迫ノ字ニテヤ侍ルベキ。迫字ハセマルトヨムナリ、セトモ水ノセマリシナリ。爰ヲ待ツ所ノセマリニセンカ、但、イナセノセカ、イナセトハ戀ノ詞也。「いなせともいひはなたれずうきものは」ナドゝヨメルハ、イヤワウト云フ亊也。サレバイホイヤセハ領納シタル心歟。コレ丸ガ今案也。後生の若子ノ糺明ヲ待ツノミ。  0043 時鳥ふかき嶺よりいでにけり外山のすそに聲のおちくる  0044 うき世おもふわれかはあなや時鳥あはれこもれる忍びねのこゑ  0045 山里は外面のま葛葉をしげみうら吹きかへす秋を待つかな  0046 むすぶ手にすずしきかげをそふるかな清水にやどる夏の夜の月  0047 つくづくと物おもひをれば時鳥心にあまる聲きこゆなり  0048 ほととぎす谷のまにまにおとづれてさびしかりける嶺つづきかな  0049 道のべに清水ながるる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ  Subtitle  秋  0050 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風たちぬ宮城野の原  0051 足曳の山かげなればとおもふまに梢につぐる日ぐらしの聲  くらきも山かげなればとおもひければ、ほどもなく日ぐれたると受けたる也。  コレハ古今ニ「蜩ノなくなるなべに月はくれぬと思ふは山のかげにぞありける」ト云フ歌ヲトレリ。此ノ時代マデ如斯同ヤウニ本歌ヲトレリ。以花詠以月詠月ヲ頗無念之由詠歌大概ニヲシヘタマフ定家ノ御恩ハフカキ亊也。此以前ニミユル今夜タレスゝノシノヤニ夢サメテ吉野ノ月ニソデヌラスラント云フ後京極ノ歌モ頼政歌ノ「吉野のたけに月を見るらむ」ト心モ詞モ同ジモノ也。イカニ西行後京極殿ノ歌ニ有トモ今比ハ斯樣ニ本歌ヲトルベカラズ、定家卿ノ本歌ヲ取給フニモ同ジヤウナル歌モアレドモ、古人ノ取ヤウハ力ハラデカ八ル心持有リトミエタリ。  0052 うちつけに又こむ秋の今夜まで月ゆゑをしくなるいのちかな  0053 人も見ぬよしなき山のすゑまでもすむらむ月の影をこそ思へ  0054 なかなかに心つくすもよしなきにくもらばくもれ秋の夜の月  0055 夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をひいづれば  0056 わたの原浪にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ  0057 あはれしる人見たらばとおもふかな旅ねの袖にやどる月かげ  0058 月見ばと契りおきてし故郷の人もや今夜袖ぬらすらむ  0059 くまもなき折しも人を思ひいでて心と月をやつしつるかな  0060 うき身こそいとひながらも哀なれ月をながめて年のへぬれば  毎秋の心也。身をいとふと歌にはあれども、厭とくし世をいとふはよしとなり。  此註更ニ信シカタシ、古今集ノ詞ヲモ末代ニヨムマジキコトヲバ定家卿戒メオカル。此ノ卿ノ時代ノ名人ノ歌ニアル詞ヲアシト定メタルハ只近代ノモノゝ私ノ工夫トミエタリ、世ヲバ厭フト云フ亊其マゝニ聞ユ。身ヲイトフト云八何トモ理キマヘヌ亊トハタリ一念ノアマリナルベシ。法句經ニ云。「精進菩薩ノ山中ニオハシマス時四禽獸トテ鴿鳥蛤蛇鹿雜談シテ菩薩ニキカセ奉ル鳥ハ飢渇、鴿ハ婬欲、蛇ハ瞋恙、鹿ハ驚怖ヲ芳ト云、菩薩答曰汝等ガ論スル處、是其末也。苦ノ本ヲキハメズ、天下ノ苦ハ身アルニスギズ。各身ノアル故ニ旡量ノ苦ナリ大ナル患ハ身ニシクハナキナリ」云々。サレバ身ホドイトハシキ物ハコレナシ。但、世ヲ捨ツル身ヲ捨ツル、世ヲ厭フトハイハレテ、一ツイハレヌ亊アリ、世ヲソムクトハアリテ、身ヲソムクトハナシ。若シカヤウノ亊ヲ覺エチガへテ書付給歟。サルホドニ、書物トテモタノマレズ、師傳トテモ近代ノ亊ハアヤマリ多力ルベシトシルベシ。トカク道理ノタゝヌ亊ナラバ誰人ノ教ナリトモ用フベカラサル者歟。  0061 世中のうきをも知らですむ月のかげはわが身の心ちこそすれ  0062 いづくとて哀ならずはなけれどもあれたる宿ぞ月はさびしき  0063 山里をとへかし人に哀みせむ露しく庭にやどる月かげ  0064 かぞへねど今夜の月のけしきにて秋のなかばを空にしるかな  0065 うれしとや待つ人ごとに思ふらむ山のはいづる秋の夜の月  0066 あづまには入りぬと人やおもふらむみやこに出づる山のはの月  0067 天の原おなじ岩戸を出づれども光ことなる秋の夜の月  0068 月さゆるあかしのせとに風吹けば氷のうへにたたむ白波  0069 清見がた沖の岩こす白波に光をかはす秋の夜の月  波の光は月にかはし、月の光は波にかはす心なり。光をかはすとは、順徳院の始めて詠遊しほどにあしかるべしとや。  此註イハレヌ義也。順徳院ヨリ西行ハ時代少キノ人歟ト存ジ侍。崇徳院ナドノ御亊歟。  0070 秋風や天つ雲居をはらふらむ更ゆくまゝに月のさやけき  0071 行方なく月に心のすみすみてはてはいかにかならむとすらむ  0072 こ萩さく山田のくろのむしのねに庵もり人や袖ぬらすらむ  0073 鹿のねをかきねにこめて聞くのみか月もすみけり秋の山里  0074 庵にもる月の影こそさびしけれ山田のひたの音ばかりして  0075 なにとなく物がなしくぞ見えわたる鳥羽田の面の秋の夕ぐれ  0076 山里は秋のすゑにぞ思ひしるかなしかりける木がらしの風  0077 秋風にほずゑなみよるかるかやの下葉にむしの聲よわるなり  0078 蟲のねにさのみぬるべき袂かはあやしや心ものおもふらし  0079 横雲の風にわかるるしのゝめに山とびこゆる初雁のこゑ  0080 白雲をつばさにかけて行く雁の門田の面のたしたふなり  0081 はれやらぬみ山の霧のたえたえにほのかに鹿の聲きこゆなり  0082 しの原や霧にまがひて鳴く鹿のこゑかすかなる秋の夕ぐれ  忍はばやはおぼしき心なり。まがひては霧に交て也。  此五文字「篠原や」ナリ書キアヤマル本ニテ註セシト見エ夕リ。マガヒテハ、交ト云心ニハ少シカハレリ。タゞ鹿ノ見エヌ形也。  0083 ふりさけし人の心ぞしられける今夜いるさの月をながめて  0084 かねてより心ぞいとゞすみぞめの月まつ峯のさをしかの聲  0085 蛬夜ざむに秋のなるまゝによわるか聲の遠ざかりゆく  0086             ば 雲かゝる遠山はたの秋されざおもひやるだにかなしき物を  0087 神路山月さやかなるちかひありて天の下をはてらす成けり  0088 山里の月まつ秋の夕暮は門田の風の音のみぞする  0089 松にはふまさきのかつら散にけりと山の秋は風すさむらん  0090 をしなべて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋の初風  0091 うづらふすかり田のひづち思ひ出てほのかにてらすみか月の陰  Subtitle  冬  0092 月を待つたかねの雲ははれにけり心あるべき初時雨かな  0093 霜うづむ葎か下のきり/\すあるかなきかの聲聞ゆなり  0094 あきしのや外山の里や時雨らん伊駒のたけに雲のかかれる  0095:△補入 時雨かとね覺の床にきこゆるは嵐にたへぬ木の葉なりけり  0096 かきこめしすそのゝ薄霜がれてさびしさまさる柴の庭哉  0097 霜さゆる庭の木葉をふみ分て月はみるやととふ人もがな  0098 木がらしも木葉のおつる山里はなみださへこそもろくなりけれ  0099 秋はてゝ庭の蓬の末見れば月もむかしになる心ちする  0100 さびしさは秋見し空にかはりけりかれ野をてらす有明の月  0101 ひとりすむかた山かげの友なれや嵐にはるゝ冬の夜の月  0102 雪埋むそのゝくれ竹をれふしてねぐらもとむるむらすゞめ哉  0103 さびしさにたへたる人の又もあれな庵ならべん冬の山里  0104 玉かけし花のかつらもおとろへて霜をいただくをみなへしかな  0105 津の國のあしのまろ屋のさびしさは冬こそ分てとふべかりけれ  0106 山里はしぐれし比のさびしさにあられの音はやゝまさりけり  0107 やま川にひとりはなれてすむをしのこゝろしらるゝ浪の上哉  0108 かれ野うづむ雪に心をしらすれはあたりの原にきぎすたつ也  0109 津の國の難波の春は夢なれやあしのかれ葉に風わたるなり  0110 月すみてふくる千鳥のこゑすなり心くだくやすまの關守  0111 せとわたるたなゝしを舟心せよあられみだれてしまきよこぎる  0112 むかしおもふ庭にうき木をつみおきてみし世にも似ぬ年の暮哉  Subtitle  戀  0113 月まつといひなされつるよひのまの心の色を袖に見えぬる  0114 數ならぬ心のとがになしはてじしらせてこそは身をもうらみめ  0115 身をしれば人のとがともおもはねどうらみがほにもぬるゝ袖哉  0116 かゝる身もおふしたてけむたらちねの親さへつらき戀もする哉  0117 けふこそはけしきを人にしられぬれさてのみやはと思ふあまりに  0118 さらに又むすぼほれ行くこゝろ哉とけなばとこそおもひしかども  0119 むかしより物おもふ人やなからまし心にかなふなげきなりせば  0120 今ぞしる思ひ出よと契りしは尋ねんとてのなさけなりけり  0121 風になびくふじの煙の空にきえて行へもしらぬ我が思哉  0122 あはれとてとふ人のなどなかるらん物おもふ宿の荻の上風  0123 思ひしる人ありあけの世なりせばつきせず身をば恨みざらまし  0124 哀々この世はよしや遮莫うき世もかくやくるしかるべき  0125 なげけとて月やは物をおもはするかこちがほなる我なみだ哉  0126 我おもふいもがり行きて時鳥ねざめの袖のあはれつたへよ  0127 うらみじと思われゆゑつらきかなとはで過ぎめる心つらさを  0128 ながめこそうき身のくせになりはてゝ夕暮ならぬをりも別れぬ  0129 わりなしやいつを思ひのはてにして月月をおくる我身なるらん  0130 心からこゝろに物をおもはせて身をくるしむるわが身なるらん  0131 何となくさすがにをしき命かなありへば人やおもひしるとて  0132 心ざしありてのみやは人を思ふなさけはなどゝおもふばかりぞ  戀しかなしと我こころざしがありてばかりは君をとはぬぞ人の情をみんとおもふに□りて問ふぞと我心を云也。  コレ我アナタヲ問フニハ非ズアナタヨリトハルゝコトナキヲ恨ミテ云ヒタル心ナリ。人ハ思ヒヨル心ザシアル計ニハトハズ、必戀慕ノ心ナケレド、タゞ世間ノコノ頃八何亊カアルナドトハヤリノヲトヅレハ誰モアルナラヒナレド君ハカツテトハネバ、其ノヨノツネノ情ハ十ドカナキゾ、アレカシト思フト云フ義歟、トイフナサケトツヅケ見ルベシ。  0133 あふまでの命もがなと思ひしはくやしかりけるわがこゝろかな  0134 うとくなる人をなにとてうらむらんしられずしらぬ折もこそあれ  0135 たのめぬに君くやとまつよひのまの更けゆかでたゞ明なましかば  0136 人しれぬなみだにむせぶ夕暮はvきかづきてぞうちふされける  0137 人はこで風のけしきも更けぬるにあはれに雁のおとづれて行く  0138 つれもなき人に見せばや櫻花風にしたがふ心よわさを  0139 物思ふとかゝらぬ人も有るものをあはれなりける身の契哉  0140:△補入 袖のうへのよそめしられし折まではみさをなりける我なみだ哉  Subtitle  雜  0141 萬代を山田の原のあや杉に風しきたてゝ聲よばふなり  0142 かしこまるしでになみだのかゝる哉又いつかはとおもふ哀に  0143 なき人をかぞふる秋の夜もすがらしおるゝ袖や鳥べのゝ露  0144 世中もうきもうからずおもひとけばあさぢにむすふ露の白玉  O145 みがゝれし玉の臺を露ふかき野べにうつしてみるぞかなしき  0146 いにしへをなにゝつけてか思ひ出ん月さへかはる世ならましかば  0147 花ならぬことのはなれどおのづから色もあるやと君ひろはなん  0148 今よりはむかしがたりは心せむあやしきまでに袖しをれけり  0149 世の中をそむきはてぬといひおかんおもひしるべき人はなくとも  0150 ほどふればおなじ都のうちだにもおぼつかなさはとはまほしきに  0151 旅ねする岸の嵐につたひきてあはれなりつる鐘の音哉  0152 世の中をいとふまでこそかたからめかりの宿ををしむ君哉  0153 もろともにながめながめて秋の月ひとりにならん亊ぞかなしき  0154 君いなば月まつとてもながめやらんあづまのかたの夕暮の空  0155 朽もせぬその名ばかりをとゞめおきて枯野の薄かたみにぞみる  0156 松山の浪にながれこし舟のやがてむなしくなりにける哉  0157 よしや君むかしの玉の床とてもかからん後はなにゝかはせん  0158 ひさにへて我後の世をとへよ松あとしのぶべき人もなき身ぞ  0159 露もらぬ岩屋も袖はぬれけりときかずばいかにあやしからまし  0160 浪のおとを心にかけて明す哉とまもる月の影をもとめて  0161 月のみやうはの空なるかたみにておもひも出よ心かよはん  0162 年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけりさ夜の中山  0163 あらし吹峯の木葉にさそはれていつちうかるゝ心なるらん  0164 何亊にとまる心のありければさらにしも又世のいとはしき  0165 山おろすあらしの音のはげしきをいつならひけん君が栖ぞ  0166 しげき野をいく一むらに分けなしてさらにむかしを思ひかへさむ  0167 とだえせでいつまで人のかよひけんあらしぞわたる谷のかけはし  0168 身をすつる人はまことにすつるかはすてぬ人こそすつるなりけれ  0169 時雨かは山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつゝ  0170 ふけにける我が世のかげをおもふまにはつかに月のかたぶきに鳧  0171 しをりせで猶山ふかく分いらむうき亊きかぬ所ありやと  0172 曉のあらしにたぐふ鐘の音を心のそこにこたへてぞきく  0173 あらはさぬ我心をぞうらむべき月やはうときをばすての山  0174 今よりはいとはし命あればこそかゝるすまひのあはれをもしれ  0175 身のうさのかくれがにせむ山里はこゝろ有りてぞ住むべかりける  心のある者にてなうては山住などはなかるまじきと也。  是ハアヤマリムテナル註歟。コレハ住居ノコトナルベシ、タトヘバ光源氏ノ若紫ノ卷ニ僧都ノ庵室ヲホメテイト心コトニヨシトアリテ同ジ木草ヲモウヱナシ玉ヘリ云々カヤウノ點イクラモアルベシ。  0176 誰住てあはれしるらん山里の雨ふりすさむ夕暮の空  0177 山里にうき世いとはん友もがなくやしく過し昔かたらん  0178 ふる畑のそばのたつ木にゐる鳩の友とふ聲のすごき夕暮  0179 見ればけに心もそれになりぞ行くかれののすゝき有明の月  0180 なさけありし昔のみ猶しのばれてながらへまうき世にも有哉  0181 いつなげきいつおもふべき亊なればのちのよしらで人のすぐらむ  0182 わび人の涙ににたる櫻かな風身にしめば先づこぼれつゝ  0183 つく%\と物をおもふにうちそへて折あはれなる鐘の音かな  0184 松風のおとあはれなる山里にさびしさそふるひぐらしの聲  0185 またれつる入相の鐘の音すなりあすもやあらばきかんとすらん  0186 柴の庵はすみうき亊もあらましをともなふ月のかげなかりせば  0187 あらしこす峰の木の間を分きつゝ谷のしみづにやどる月かげ  0188 楸おひてすゝめとなれる陰なれや浪うつ岸に風わたりつゝ  0189 おぼつかないぶきおろしのかざゝきに朝妻舟はあひやしぬらん  0190 とし月をいかで我身におくりけん昨日みし人けふはなき世に  我友のさぶらひが有つるをそれを、出仕に行くとてさそはれければ身まかりにけりと云ひければ、これが道心の初め也。年月をいかでおくりけむとは。油斷なる心也。いつまでも參會せんとおもうてと驚く心なり。  0191 うき世とて月すまずなる亊もあらむいかゞはすべき天の下人  奧書云 此兩册爲具袖裏之珍摘九牛之一毛號六家抄 干茲平雅連懇望之間不顧老筆之拙所令付興之也  永世二牟仲秋三五    肖柏  (寛永十七年六月十四日書冩之畢)  右松田武夫氏藏冩本六家抄(袋綴一册)に宮内省圖書寮藏、三種の六家抄を參照して六家抄の部を出す。即ち△印は圖書寮御本を以て補入せる歌なり。(圖書寮本三部共奧書なし)  猶註は、久曾神昇氏藏の「九六古新註」に出でたるものの全註をかゝげたり。その本の奧に   正徳元年辛卯年九月晦日寓於壁山寓亭而書冩訖 津田祐眞六十七歳  六家抄は、俊成・定家・良經・家隆・慈鎭・西行の歌を抄出し、各長秋抄・拾遺抄・月清抄等とす。六家集の抄出本なり。但、山家抄は、六家集本山家集よりの抄出本にあらずして、西行法師集より抄出せり。即ち六家集に於ける西行の集は、古くは家集本が行はれしを證すべきなり。  底本::   著名:  西行全集        第一巻   発行所: ひたく書房   初版:  1981年02月16日 発行  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.org)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2001年03月09日-2001年03月20日  校正::   校正者:    校正日: