Title  山家集  Boook  山家集 上  Subtitle  春  0001  立つ春の朝よみける 年暮れぬ 春来べしとは 思ひ寝に まさしく見えて かなふ初夢  0002 山の端の 霞むけしきに しるきかな 今朝よりやさは 春の曙  0003 春立つと 思ひもあへぬ 朝出でに いつしか霞む 音羽山かな  0004 たちかはる 春を知れとも 見せ顔に 年をへだつる 霞なりけり  0005  家々翫春といふこと かどことに 立つる小松に 飾られて 宿てふ宿に 春は来にけり  0006  元日子日にて侍りけるに 子日して 立てたる松に 植ゑそへん 千代重ぬべき 年のしるしに  0007  山里に春立つといふこと 山里は 霞みわたれる けしきにて そらにや春の 立つを知るらん  0008  難波わたりに年越しに侍りけるに、春立つ心をよみける いつしかと 春来にけりと 津の国の 難波の浦を 霞こめたり  0009  春になりける方違へに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みけるを見て わきて今日 逢坂山の 霞めるは たち遅れたる 春や越ゆらん  0010  題しらず 春知れと 谷の細水 洩りぞくる 岩間の氷ひま 絶えにけり  0011 霞まずば なにをか春と 思はまし まだ雪消えぬ み吉野の山  0012  海辺霞といふことを 藻塩焼く 浦のあたりは たちのかで 煙立ちそふ 春霞かな  0013  同じ心を、伊勢に二見といふ所にて 波越すと 二見の松の 見えつるは 梢にかかる 霞なりけり  0014  子日 春ごとに 野辺の小松を ひく人は 幾らの千代を 経べきなるらん  0015 子日する 人に霞は さきだちて 小松が原を たなびきてけり  0016 子日しに 霞たなびく 野辺に出でて 初うぐひすの 声を聞きつる  0017  若菜に初子のあひたりければ、人の許へ申し遣はしける 若菜摘む 今日に初子の あひぬれば まつにや人の 心ひくらん  0018  雪中若菜 今日はただ 思ひもよらで 帰りなん 雪つむ野辺の 若菜なりけり  0019  若菜 春日野は 年の内には 雪つみて 春は若菜の 生ふるなりけり  0020  雨中若菜 春雨の ふるのの若菜 生ひぬらし ぬれぬれ摘まん かたみたぬきれ  0021  若菜によせて旧きを懐ふといふことを 若菜摘む 野辺の霞ぞ あはれなる 昔を遠く へだつと思へば  0022  老人の若菜といふことを 卯杖つき 七種にこそ 老いにけれ 年を重ねて つめる若菜に  0023  寄若菜述懐といふことを 若菜生ふる 春の野守に われなりて 憂き世を人に つみ知らせばや  0024  寄鶯述懐 憂き身にて 聞くも惜しきは 鶯の 霞にむせぶ あけぼのの山  0025  閑中鶯 鶯の 声ぞ霞に もれてくる 人めともしき 春の山里  0026  雨中鶯 鶯の はるさめざめと なきゐたる 竹のしづくや 涙なるらん  0027  住みける谷に、鶯の声せずなりければ 古巣うとく 谷の鶯 なりはてば われやかはりて なかんとすらん  0028 鶯は 谷の古巣を 出でぬとも わがゆくへをば 忘れざらなん  0029 鶯は われを巣守に たのみてや 谷の岡辺は 出でてなくらん  0030 春のほどは わが住む庵の 友になりて 古巣な出でそ 谷の鶯  0031  雉子を 萌え出づる 若菜あさると 聞ゆなり 雉子なく野の 春の曙  0032 生ひかはる 春の若草 待ちわびて 原の枯野に 雉子なくなり  0033 春の霞 家たち出でて 行きにけん 雉子たつ野を 焼きてけるかな  0034 片岡に しば移りして 鳴く雉子 たつ羽音とて 高からぬかは  0035  山家梅 香をとめん 人にこそ待て 山里の 垣根の梅の 散らぬかぎりは  0036 心せん 賎が垣根の 梅はあやな よしなく過ぐる 人とどめけり  0037 この春は 賎が垣根に ふればひて 梅が香とめん 人親しまん  0038  嵯峨に住みけるに、道を隔てて房の侍りけるより、梅の風に散りけるを 主いかに 風わたるとて いとふらん よそにうれしき 梅の匂ひを  0039  庵の前なりける梅を見てよみける 梅が香を 谷ふところに 吹きためて 入り来ん人に 染めよ春風  0040  伊勢に、もりやまと申す所に侍りけるに、庵に梅のかうばしく匂ひけるを 柴の庵に とくとく梅の 匂ひ来て やさしきかたも あるすみかかな  0041  梅に鶯鳴きけるを 梅が香に たぐへて聞けば うぐひすの 声なつかしき 春の山里  0042 つくりおきし 苔のふすまに うぐひすは 身にしむ梅の 香や匂ふらん  0043  旅の泊の梅 ひとり寝る 草の枕の 移り香は 垣根の梅の 匂ひなりけり  0044  古砌梅 なにとなく のきなつかしき 梅ゆゑに 住みけん人の 心をぞ知る  0045  山家春雨といふことを、大原にてよみけるに 春雨の 軒たれこむる つれづれに 人に知られぬ 人のすみかか  0046  霞中帰雁 なにとなく おぼつかなきは 天の原 霞に消えて 帰る雁がね  0047 雁がねは 帰る道にや 迷ふらん こしの中山 霞隔てて  0048  帰雁 玉章の はしがきかとも 見ゆるかな 飛び遅れつつ 帰る雁がね  0049  山家喚子鳥 山里へ 誰をまたこは よぶこ鳥 ひとりのみこそ 住まんと思ふに  0050  苗代 苗代の 水を霞は たなびきて 打樋のうへに かくるなりけり  0051  霞に月の曇れるを見て 雲なくて 朧なりとも 見ゆるかな 霞かかれる 春の夜の月  0052  山家柳 山賎の 片岡かけて しむる庵の さかひに見ゆる 玉の小柳  0053  雨中柳 なかなかに 風のほすにぞ 乱れける 雨に濡れたる 青柳の糸  0054  柳乱風 見わたせば 左保の河原に 繰りかけて 風に撚らるる 青柳の糸  0055  水辺柳 水底に 深き緑の 色見えて 風になみ寄る 川柳かな  0056  待花忘他 待つにより 散らぬ心を 山桜 咲きなば花の 思ひ知らなん  0057  独尋山花 誰かまた 花を尋ねて 吉野山 苔踏み分くる 岩つたふらん  0058  待花 いまさらに 春を忘るる 花もあらじ やすく待ちつつ 今日も暮らさん  0059 おぼつかな いづれの山の 峰よりか 待たるる花の 咲きはじむらん  0060 空に出でて いづくともなく 尋ぬれば 雲とは花の 見ゆるなりけり  0061 雪とぢし 谷の古巣を 思ひ出でて 花にむつるる うぐひすの声  0062  花の歌あまたよみけるに 吉野山 雲をはかりに 尋ね入りて 心にかけし花 を見るかな  0063 思ひやる 心や花に ゆかざらん 霞こめたる み吉野の山  0064 おしなべて 花の盛りに なりにけり 山の端ごとに かかる白雲  0065 まがふ色に 花咲きぬれば 吉野山 春は晴れせぬ 峯の白雲  0066 吉野山 こずゑの花を 見し日より 心は身にも そはずなりにき  0067 あくがるる 心はさても やまざくら 散りなんのちや 身にかへるべき  0068 花見れば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ 苦しかりける  0069 白川の こずゑを見てぞ なぐさむる 吉野の山に 通ふ心を  0070 白川の 春のこずゑの うぐひすは 花のことばを 聞く心地する  0071 ひきかへて 花見る春は 夜はなく 月見る秋は 昼なからなん  0072 花散らで 月は曇らぬ よなりせば ものを思はぬ わが身ならまし  0073 たぐひなき 花をし枝に 咲かすれば 桜にならぶ 木ぞなかりける  0074 身をわけて 見ぬこずゑなく 尽くさばや よろづの山の 花の盛りを  0075 桜咲く 四方の山辺を 兼ぬるまに のどかに花を 見ぬ心地する  0076 花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 思ふわが身に  0077 願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃  0078 仏には 桜の花を たてまつれ わが後の世を 人とぶらはば  0079 なにとかや よに有り難き 名を得たる 花も桜に まさりしもせじ  0080 山桜 霞のころも あつく着て この春だにも 風つつまなん  0081 思ひやる 高嶺の雲の 花ならば 散らぬ七日は 晴れじとぞ思ふ  0082 長閑なれ 心をさらに 尽くしつつ 花ゆゑにこそ 春は待ちしか  0083 風越の 峯のつづきに 咲く花は いつ盛りとも なくや散るらん  0084 ならひありて 風さそふとも 山桜 尋ぬるわれを 待ちつけて散れ  0085 裾野焼く 煙ぞ春は よしの山 花をへだつる 霞なりける  0086 今よりは 花見ん人に 伝へおかん 世を遁れつつ 山に住まへと  0087  しづかならんと思ひける頃、花見に人々まうで来たりければ 花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の とがにはありける  0088 花も散り 人も来ざらん をりはまた 山のかひにて 長閑なるべし  0089  かき絶えこととはずなりにける人の、花見に山里へまうで来たりと聞きて、よみける 年を経て 同じこずゑに 匂へども 花こそ人に あかれざりけれ  0090  花の下にて、月を見てよみける 雲にまがふ 花の下にて ながむれば 朧に月は 見ゆるなりける  0091  春の曙花見けるに、鶯のなきければ 花の色や 声に染むらん うぐひすの 鳴く音ことなる 春のあけぼの  0092  春は花を友といふことを、せか院の斎院にて人々よみけるに おのづから 花なき年の 春もあらば 何につけてか 日を暮らすべき  0093  老見花といふことを 思ひ出でに 何をかせまし この春の 花待ちつけぬ わが身なりせば  0094  ふる木の桜の所々咲きたるを見て わきて見ん 老木は花も あはれなり 今いくたびか 春にあふべき  0095  屏風の絵を人々よみけるに、春の宮人群れて花見ける所に、よそなる人の見やりて立てりけるを 木のもとは 見る人しげし 桜花 よそにながめて 香をば惜しまん  0096  山寺の花盛りなりけるに、昔を思ひ出でて 吉野山 ほきぢ伝ひに たづね入りて 花見し春は ひと昔かも  0097  修行し侍りけるに、花のおもしろかりける所にて ながむるに 花の名立の 身ならずは この里にてや 春を暮らさん  0098  熊野へまゐりけるに、八上の王子の花面白かりければ、社に書きつけける 待ち来つる 八上の桜 咲きにけり あらくおろすな みすの山風  0099  せか院の花盛りなりける頃、としたかのもとよりいひ送られける おのづから 来る人あらば もろともに ながめまほしき 山桜かな  0100  返し ながむてふ 数に入るべき 身なりせば 君が宿にて 春は経ぬべし  0101  上西門院の女房法勝寺の花見侍りけるに、雨の降りて暮れにければ帰られにけり。またの日、兵衛の局の許へ、花のみゆき思ひ出でさせ給ふらんとおぼえて、かくなん申さまほしかりしとて、遣はしける 見る人に 花も昔を 思ひ出でて 恋しかるべし 雨にしをるる  0102  返し いにしへを しのぶる雨と 誰か見ん 花もその世の 友しなければ  若き人々ばかりなん。老いにける身は風のわづらわしさにいとはるることにて、とありける、やさしく聞えけり  0103  雨の降りけるに、花の下にて車たててながめける人に 濡るともと かげをたのみて おもひけん 人のあとふむ 今日にもあるかな  0104  世を遁れて東山に侍りける頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかりて、帰りて昔思ひ出でて 散るを見で 帰る心や 桜花 昔にかはる しるしなるらん  0105  山路落花 散り初むる 花の初雪 降りぬれば 踏み分けま憂き 志賀の山越え  0106  落花の歌あまたよみけるに 勅とかや 下す帝の いませかし さらばおそれて 花や散らぬと  0107 波もなく 風ををさめし 白川の 君のをりもや 花は散りけん  0108 いかでわれ この世のほかの 思ひ出でに 風をいとはで 花をながめん  0109 年を経て 待つも惜しむも 山桜 心を春は 尽くすなりけり  0110 吉野山 谷へたなびく 白雲は 峯の桜の 散るにやあるらん  0111 吉野山 峯なる花は いづかたの 谷にか分きて 散りつもるらん  0112 山おろしの 木のもと埋む 春の雪は 岩井に浮くも 氷とぞ見る  0113 春風の 花の吹雪に 埋まれて ゆきもやられぬ 志賀の山路  0114 立ちまがふ 峯の雲をば はらふとも 花を散らさぬ 嵐なりせば  0115 吉野山 花吹き具して 峯越ゆる 嵐は雲と よそに見ゆらん  0116 惜しまれぬ 身だにも世には あるものを あなあやにくの 花の心や  0117 憂き世には 留め置かじと 春風の 散らすは花を 惜しむなりけり  0118 もろともに われをも具して 散りね花 憂き世をいとふ 心ある身ぞ  0119 思へただ 花の散りなん 木のもとに 何をかげにて わが身住みなん  0120 ながむとて 花にもいたく 馴れぬれば 散る別れこそ 悲しかりけれ  0121 惜しめども 思ひげもなく あだに散る 花は心ぞ かしこかりける  0122 梢ふく 風の心は いかがせん したがふ花の 恨めしきかな  0123 いかでかは 散らであれとも 思ふべき しばしと慕ふ 歎き知れ花  0124 木のもとの 花に今宵は 埋もれて あかぬ梢を 思ひあかさん  0125 木のもとに 旅寝をすれば 吉野山 花のふすまを 着する春風  0126 雪と見えて 風に桜の 乱るれば 花の笠きる 春の夜の月  0127 散る花を 惜しむ心や とどまりて また来ん春の たねになるべき  0128 春ふかみ 枝もゆるがで 散る花は 風のとがには あらぬなるべし  0129 あながちに 庭をさへはく 嵐かな さこそ心に 花をまかせめ  0130 あだに散る さこそ梢の 花ならめ 少しは残せ 春の山風  0131 心得つ ただ一筋に 今よりは 花を惜しまで 風をいとはん  0132 吉野山 桜にまがふ 白雲の 散りなん後は 晴れずもあらなん  0133 花と見ば さすが情を かけましを 雲とて風の はらふなるべし  0134 風さそふ 花のゆくへは 知らねども 惜しむ心は 身にとまりけり  0135 花ざかり 梢をさそふ 風なくて のどかに散らす 春にあはばや  0136  庭花似波といふことを 風あらみ 梢の花の 流れ来て 庭に波立つ 白川の里  0137  白川の花、庭おもしろかりけるを見て あだに散る 梢の花を ながむれば 庭には消えぬ 雪ぞつもれる  0138  高野に籠りたりける頃、草の庵に花の散り積みければ 散る花の 庵の上を ふくならば 風入るまじく めぐりかこはん  0139  夢中落花といふことを、せか院の斎院にて、人々よみけるに 春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり  0140  風前落花 山桜 枝きる風の 名残りなく 花をさながら わがものにする  0141  雨中落花 梢うつ 雨にしをれて 散る花の 惜しき心を 何にたとへん  0142  遠山残花 吉野山 ひとむら見ゆる 白雲は 咲き遅れたる 桜なるべし  0143  花歌十五首よみけるに 吉野山 人に心を つけ顔に 花よりさきに かかる白雲  0144 山寒み 花咲くべくも なかりけり あまりかねても たづね来にける  0145 かたばかり つぼむと花を 思ふより そそまた心 ものになるらん  0146 おぼつかな 谷は桜の いかならん 峯にはいまだ かけぬ白雲  0147 花ときくは 誰もさこそは うれしけれ 思ひしづめぬ わが心かな  0148 初花の ひらけはじむる 梢より そばへて風の わたるなりけり  0149 おぼつかな 花は心の 春にのみ いづれの年か うかれ初めけん  0150 いざ今年 散れと桜を 語らはん なかなかさらば 風や惜しむと  0151 風吹くと 枝を離れて 落つまじく 花とぢつけよ 青柳の糸  0152 吹く風の なめて梢に あたるかな かばかり人の 惜しむ桜に  0153 なにとかく あだなる春の 色をしも 心に深く 染めはじめけん  0154 同じ身の 珍しからず 惜しめばや 花も変らず 咲けば散るらん  0155 峯に散る 花は谷なる 木にぞ咲く いたくいとはじ 春の山風  0156 山おろしに 乱れて花の 散りけるを 岩離れたる 滝と見たれば  0157 花も散り 人も都へ 帰りなば 山さびしくや ならんとすらん  0158  散りて後花を思ふといふことを 青葉さへ 見れば心の とまるかな 散りにし花の 名残り思へば  0159  菫 跡たえて 浅茅しげれる 庭の面に 誰分け入りて すみれ摘みてん  0160 誰ならん 荒田の畔に すみれ摘む 人は心の わりなかるべし  0161  早蕨 なほざりに やき捨てし野の さわらびは 折る人なくて ほどろとやなる  0162  燕子花 沼水に しげる真菰の わかれぬを 咲き隔てたる かきつばたかな  0163  山路躑躅 岩伝ひ 折らでつつじを 手にぞ取る 嶮しき山の とりどころには  0164  躑躅山の光たり つつじ咲く 山の岩かげ 夕映えて をぐらはよその 名のみなりけり  0165  山吹 岸近み 植ゑけん人ぞ 恨めしき 波に折らるる 山吹の花  0166 山吹の 花咲く里に なりぬれば ここにも井手と 思ほゆるかな  0167  蛙 真菅生ふる 山田に水を まかすれば うれし顔にも 鳴くかはづかな  0168 みさびゐて 月も宿らぬ 濁江に われすまんとて かはづ鳴くなり  0169  春のうちに郭公を聞くといふことを うれしとも 思ひぞわかぬ ほととぎす 春聞くことの ならひなければ  0170  伊勢にまかりたりけるに、三津と申す所にて、海辺暮といふことを神主どもよみけるに 過ぐる春 しほのみつより 舟出して 波の花をや 先に立つらん  0171  三月一日足らで暮れにけるによみける 春ゆゑに せめてもものを 思へとや みそかにだにも 足らで暮れぬる  0172 今日のみと 思へばながき 春の日も 程なく暮るる 心地こそすれ  0173 ゆく春を 留めかねぬる 夕暮は 曙よりも あはれなりけり  Subtitle  夏  0174 かぎりあれば 衣ばかりは ぬぎかへて 心は春を 慕ふなりけり  0175  夏歌中に 草しげる 道刈りあけて 山里は 花見し人の 心をぞ知る  0176  水の辺の卯の花 立田河 岸の籬を 見わたせば 井堰の波に まがふ卯の花  0177  夜の卯の花 まがふべき 月なき頃の 卯の花は 夜さへさらす 布かとぞ見る  0178  社頭卯花 神垣の あたりに咲くも 便りあれや 木綿かけたりと 見ゆる卯の花  0179  無言なりける頃、郭公の初声を聞きて ほととぎす 人に語らぬ 折にしも 初音聞くこそか ひなかりけれ  0180  たづねざるに郭公を聞くといふことを、賀茂社にて人々よみける ほととぎす 卯月の忌に 忌こもるを 思ひ知りても 来鳴くなるかな  0181  夕暮の郭公 里馴るる たそがれどきの ほととぎす 聞かず顔にて また名乗らせん  0182  郭公 わが宿に 花橘を 植ゑてこそ 山ほととぎす 待つべかりけれ  0183 たづぬれば 聞きがたきかと ほととぎす 今宵ばかりは 待ちこころみん  0184 ほととぎす 待つ心のみ 尽くさせて 声をば惜しむ 五月なりけり  0185  人に代りて 待つ人の 心を知らば ほととぎす たのもしくてや 夜をあかさまし  0186  郭公を待ちて空しく明けぬといふことを ほととぎす 聞かで明けぬと 告げ顔に 待たれぬとりの 音ぞ聞ゆなる  0187 ほととぎす 聞かで明けぬる 夏の夜の 浦島の子は まことなりけり  0188  郭公歌五首よみけるに ほととぎす 聞かぬものゆゑ 迷はまし 春をたづねぬ 山路なりせば  0189 待つことは 初音までかと 思ひしに 聞きふるされぬ ほととぎすかな  0190 聞き送る 心を具して 郭公 高間の山の 峯越えぬなり  0191 大堰川 小倉の山の 郭公 井堰に声の とまらましかば  0192 ほととぎす そののち越えん 山路にも 語らふ声は 変らざらなん  0193  郭公を ほととぎす 思ひもわかぬ ひと声を 聞きつといかが 人に語らん  0194 ほととぎす いかばかりなる 契りにて 心つくさで 人の聞くらん  0195 語らひし その夜の声は ほととぎす いかなるよにも 忘れんものか  0196 郭公 花橘は にほふとも 身をうの花の 垣根忘れな  0197  雨中待郭公といふことを ほととぎす しのぶ卯月も 過ぎにしを なほ声惜しむ 五月雨の空  0198  雨中郭公 五月雨の 晴れ間も見えぬ 雲路より 山ほととぎす 鳴きて過ぐなり  0199  山寺郭公、人々よみける ほととぎす 聞くにとてしも 籠らねど 初瀬の山は たよりありけり  0200  五月つごもりに、山里にまかりてたち帰りけるを、郭公もすげなく聞き捨てて帰りしことなど、人の申し遣はしたりける返事に ほととぎす 名残りあらせて 帰りしが 聞き捨つるにも なりにけるかな  0201  題知らず 空はれて 沼の水嵩を 落さずば あやめもふかぬ 五月なるべし  0202  高野の中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊の侍りけるに、桜の散りけるが珍らしくおぼえて、よみける 桜散る 宿をかざれる あやめをば はなさうぶとや いふべかるらん  0203  坊なる稚児これを聞きて 散る花を 今日のあやめの 根にかけて 薬玉ともや いふべかるらん  0204  さる事ありて、人のもの申し遣はしたりける返事に、五日 折にあひて 人にわが身や ひかれまし 筑摩の沼の あやめなりせば  0205  五月五日、山寺へ人の今日いる物なればとて、しやうぶを遣はしたりける返事に 西にのみ 心ぞかかる あやめ草 このよばかりの 宿と思へば  0206 みな人の 心のうきは あやめ草 西に思ひの ひかぬなりけり  0207  五月雨 水たたふ 岩間の真菰 刈りかねて むなでに過ぐる 五月雨の頃  0208 五月雨に 水まさるらし うち橋や 蜘蛛手にかかる 波の白糸  0209 五月雨は いはせく沼の 水深み わけし石間の 通ひどもなし  0210 小笹しく ふるさと小野の 道のあとを また沢になす 五月雨の頃  0211 つくづくと 軒の雫を ながめつつ 日をのみ暮らす 五月雨の頃  0212 東屋の 小萱が軒の 糸水に 玉ぬきかくる 五月雨の頃  0213 五月雨に 小田の早苗や いかならん 畔の〓土 あらひこされて  *〓(泥/土)土:うきつち  0214 五月雨の 頃にしなれば 荒小田に 人もまかせぬ 水たたひけり  0215  或る所に、五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人に代りて 五月雨に 干すひまなくて 藻塩草 煙も立てぬ 浦のあま人  0216 水無瀬川 をちの通路 水満ちて 舟渡りする 五月雨の頃  0217 広瀬川 渡りの沖の みをじるし 水嵩ぞ深き 五月雨の頃  0218 はやせ川 つなでの岸を 沖に見て のぼりわづらふ 五月雨の頃  0219 水わくる 難波堀江の なかりせば いかにかせまし 五月雨の頃  0220 舟すゑし みなとの蘆間 棹立てて 心ゆくらん 五月雨の頃  0221 水底に 敷かれにけりな さみだれて 御津の真菰を 刈りに来たれば  0222 五月雨の 小止む晴れ間の なからめや 水の嵩ほせ 真菰刈る舟  0223 五月雨に 佐野の舟橋 浮きぬれば 乗りてぞ人は さし渡るらん  0224 五月雨の 晴れぬ日数の ふるままに 沼の真菰は 水隱れにけり  0225 水なしと 聞きてふりにし 勝間田の 池あらたむる 五月雨の頃  0226 五月雨は 行くべき道の あてもなし 小笹が原も うきにながれて  0227 五月雨は 山田の畔の 滝まくら 数を重ねて 落つるなりけり  0228 川ばたの 淀みにとまる 流れ木の 浮橋渡す 五月雨の頃  0229 思はずに あなづりにくき 小川かな 五月の雨に 水まさりつつ  0230  となりの泉 風をのみ 花なき宿は まちまちて 泉の末を また掬ぶかな  0231  水辺納涼といふことを北白川にてよみける 水の音に 暑さ忘るる まとゐかな 梢の蝉の 声もまぎれて  0232  深山水鶏 杣人の 暮に宿かる ここちして 庵をたたく 水鶏なりけり  0233  題知らず 夏山の 夕下風の 涼しさに 楢の木蔭の たたま憂きかな  0234  撫子 かき分けて 折れば露こそ こぼれけれ 浅茅にまじるなでしこの花  0235  雨中撫子 露おもみ 園のなでしこ いかならん あらく見えつる 夕立の空  0236  夏野草 みまくさに 原の小薄 しがふとて 臥所あせぬと 鹿思ふらん  0237  旅行草深といふことを 旅人の 分くる夏野の 草しげみ 葉末に菅の 小笠はづれて  0238 雲雀あがる 大野の茅原 夏来れば 涼む木蔭を たづねてぞ行く  0239  照射 照射する 火串の松も かへなくに しかめあはせで あかす夏の夜  0240  題知らず 夏の夜は 篠の小竹の 節近み そよやほどなく 明くるなりけり  0241 夏の夜の 月見ることや なかるらん 蚊遣火たつる 賎の伏屋は  0242  海辺夏月 露の散る 蘆の若葉に 月さえて 秋をあらそふ 難波江の浦  0243  泉にむかひて月を見るといふことを 掬びあぐる 泉にすめる 月影は 手にもとられぬ 鏡なりけり  0244 掬ぶ手に 涼しき影を 慕ふかな 清水に宿る 夏の夜の月  0245  夏月歌よみけるに 夏の夜も 小笹が原に 霜ぞ置く 月の光の さえしわたれば  0246 山川の 岩にせかれて 散る波を 霰と見する 夏の夜の月  0247  池上夏月 かげさえて 月しもことに すみぬれば 夏の池にも つららゐにけり  0248  蓮満池といふことを おのづから 月宿るべき ひまもなく 池に蓮の 花咲きにけり  0249  雨中夏月 夕立の 晴るれば月ぞ 宿りける 玉ゆり据うる 蓮の浮葉に  0250  涼風如秋 まだきより 身にしむ風の けしきかな 秋先立つる み山辺の里  0251  松風如秋といふことを、北白川なる所にて人々よみて、また水声有秋と言ふことをかさねけるに 松風の 音のみならず 石走る 水にも秋は ありけるものを  0252  山家待秋 山里は そとものまくさ 葉をしげみ 裏吹きかへす 秋を待つかな  0253  六月祓 禊して 幣きりながす 河の瀬に やがて秋めく 風ぞ涼しき  Subtitle  秋  0254  山家初秋 さまざまの あはれをこめて 梢ふく 風に秋知る み山辺の里  0255  山居初秋 秋立つと 人は告げねど 知られけり み山のすその 風のけしきに  0256  常盤の里にて、初秋月といふことを人々よみけるに 秋立つと 思ふに空も ただならで われて光を わけん三日月  0257  初めの秋頃、鳴尾と申す所にて、松風の音を聞きて 常よりも 秋になるをの 松風は わきて身にしむ 心地こそすれ  0258  七夕 急ぎ起きて 庭の小草の 露踏まん やさしき数に 人や思ふと  0259 暮れぬめり 今日待ちつけて 七夕は うれしきにもや 露こぼるらん  0260 天の川 今日の七日は ながき世の ためしにも引き 忌みもしつべし  0261 船寄する 天の川辺の 夕暮は 涼しき風や 吹きわたるらん  0262 待ちつけて うれしかるらん 七夕の 心のうちぞ 空に知らるる  0263  蜘蛛のいかきけるを見て ささがにの 蜘蛛手にかけて 引く糸や けふ七夕に かささぎの橋  0264  草花路を遮ぎるといふことを 夕露を 払へば袖に たま消えて 路分けかぬる 小野の萩原  0265  野径 末葉吹く 風は野も狭に わたるとも 荒くは分けじ 萩の下露  0266  草花得時といふことを いとすすき 縫はれて鹿の 臥す野辺に ほころびやすき 藤袴かな  0267  行路草花 折らで行く 袖にも露ぞ こぼれける 萩の葉しげき 野辺の細道  0268  霧中草花 穂に出づる み山がすその むらすすき 籬に籠めて かこふ秋霧  0269  終日見野花 乱れ咲く 野辺の萩原 分け暮れて 露にも袖を 染めてけるかな  0270  萩満野 咲きそはん 所の野辺に あらばやは 萩よりほかの 花も見るべき  0271  萩満野亭 分けて入る 庭しもやがて 野辺なれば 萩の盛りを わがものに見る  0272  野萩似錦 今日ぞ知る その江に洗ふ 唐錦 萩咲く野辺に 有りけるものを  0273  草花を 茂りゆきし 原の下草 尾花出でて 招くは誰を 慕ふなるらん  0274  薄当道繁 花薄 心あてにぞ 分けてゆく ほの見し道の 跡しなければ  0275  古籬苅萱 籬荒れて 薄ならねど 苅萱も しげき野辺とも なりにけるものを  0276  女郎花 をみなへし 分けつる野辺と 思はばや 同じ露にし 濡ると見てそは  0277 をみなへし 色めく野辺に ふればはん 袂に露や こぼれかかると  0278  草花露重 今朝見れば 露のすがるに 折れ伏して 起きも上がらぬ をみなへしかな  0279 おほかたの 野辺の露には しをるれど わが涙なき をみなへしかな  0280  女郎花帯露 花が枝に 露の白玉 貫きかけて 折る袖濡らす をみなへしかな  0281 折らぬより 袖ぞ濡れぬる をみなへし 露むすぼれて 立てるけしきに  0282  水辺女郎花 池の面に 影をさやかに うつしても 水鏡見る をみなへしかな  0283 たぐひなき 花の姿を をみなへし 池の鏡に うつしてぞ見る  0284  女郎花水近 をみなへし 池のさなみに 枝ひぢて もの思ふ袖の 濡るる顔なる  0285  荻 思ふにも 過ぎてあはれに 聞ゆるは 荻の葉乱る 秋の夕風  0286 おしなべて 木草の末の 原までに なびきて秋の あはれ見えけり  0287  荻風払露 牡鹿伏す 萩咲く野辺の 夕露を しばしもためぬ 荻の上風  0288  隣夕荻風 あたりまで あはれ知れとも 言ひ顔に 荻の音こす 秋の夕風  0289  秋歌中に 吹きわたす 風にあはれを ひとしめて いづくもすごき 秋の夕暮  0290 おぼつかな 秋はいかなる ゆゑのあれば すずろにものの 悲しかるらん  0291 なにごとを いかに思ふと なけれども 袂かわかぬ 秋の夕暮  0292 なにとなく もの悲しくぞ 見えわたる 鳥羽田の面の 秋の夕暮  0293  野亭秋夜 寝覚めつつ 長きよかなと いはれ野に 幾秋さても わが身経ぬらん  0294  露を おほかたの 露には何の なるならん 袂に置くは 涙なりけり  0295  山里に人々まかりて、秋の歌よみけるに 山里の そともの岡の 高き木に そぞろがましき 秋蝉の声  0296  人々秋歌十首よみけるに 玉に貫く 露はこぼれて 武蔵野の 草の葉むすぶ 秋の初風  0297 穂に出でて 篠のをすすき 招く野に たはれて立てる をみなへしかな  0298 花をこそ 野辺のものとは 見に来つれ 暮るれば虫の 音をも聞きけり  0299 荻の葉を 吹き過ぎて行く 風の音に 心乱るる 秋の夕暮  0300 はれやらぬ み山の霧の たえだえに ほのかに鹿の 声きこゆなり  0301 かねてより 梢の色を 思ふかな 時雨はじむる み山辺の里  0302 鹿の音を 垣根にこめて 聞くのみか 月もすみけり 秋の山里  0303 庵にもる 月の影こそ さびしけれ 山田は引板の 音ばかりして  0304 わづかなる 庭の小草の 白露を もとめて宿る 秋の夜の月  0305 なにとかく 心をさへは つくすらん わが歎きにて 暮るる秋かは  0306  月 秋の夜の 空に出づてふ 名のみして 影ほのかなる 夕月夜かな  0307 天の原 月たけのぼる 雲路をば わきても風の 吹きはらはなん  0308 うれしとや 待つ人ごとに 思ふらん 山の端出づる 秋の夜の月  0309 なかなかに 心つくすも 苦しきに 曇らば入りね 秋の夜の月  0310 いかばかり うれしからまし 秋の夜の 月すむ空に 雲なかりせば  0311 播磨潟 灘の深沖に 漕ぎ出でて あたり思はぬ 月をながめん  0312 いさよはで 出づるは月の うれしくて 入る山の端は つらきなりけり  0313 水の面に 宿る月さへ 入りぬるは 池の底にも 山やあるらん  0314 慕はるる 心やゆくと 山の端に しばしな入りそ 秋の夜の月  0315 明くるまで 宵より空に 雲なくて またこそかかる 月見ざりつれ  0316 浅茅原 葉末の露の 玉ごとに 光つらぬく 秋の夜の月  0317 秋の夜の 月を雪かと まがふれば 露も霰の 心地こそすれ  0318  閑待月 月ならで さし入る影の なきままに 暮るるうれしき 秋の山里  0319  海辺月 清見潟 月すむ空の 浮雲は 富士の高嶺の 煙なりけり  0320  池上月 水銹ゐぬ 池の面の 清ければ 宿れる月も めやすかりけり  0321  同じ心を、遍照寺にて、人々よみけるに 宿しもつ 月の光の ををしさは いかにいへども 広沢の池  0322 池にすむ 月にかかれる 浮雲は 払ひ残せる 水銹なりけり  0323  月似池氷 水なくて こほりぞしたる 勝間田の 池あらたむる 秋の夜の月  0324  名所月 清見潟 沖の岩越す 白波に 光をかはす 秋の夜の月  0325 なべてなほ 所の名をや 惜しむらん 明石はわきて 月のさやけき  0326  海辺明月 難波潟 月の光に うらさえて 波の面に 氷をぞ敷く  0327  月前遠望 くまもなき 月の光に さそはれて 幾雲居まで ゆく心ぞも  0328  終夜見月 誰来なん 月の光に さそはれて と思ふに夜半の 明けぬなるかな  0329  八月十五夜 山の端を 出づる宵より しるきかな 今宵しらする 秋の夜の月  0330 数へねど 今宵の月の けしきにて 秋のなかばを 空にしるかな  0331 天の川 名に流れたる かひありて 今宵の月は ことに澄みけり  0332 さやかなる 影にてしるし 秋の月 十夜にあまれる 五日なりけり  0333 うちつけに また来ん秋の 今宵まで 月ゆゑ惜しく なる命かな  0334 秋はただ 今宵一夜の 名なりけり 同じ雲居に 月はすめども  0335 老いもせぬ 十五の年も あるものを 今宵の月の かからましかば  0336  くもれる十五夜を 月見れば 影なく雲に つつまれて 今宵ならずば 闇に見えまし  0337  月歌あまたよみけるに 入りぬとや あづまに人は 惜しむらん 都に出づる 山の端の月  0338 待ち出でて 隈なき宵の 月見れば 雲ぞ心に まづかかりける  0339 秋風や 天つ雲居を はらふらん 更けゆくままに 月のさやけき  0340 いづくとて あはれならずは なけれども 荒れたる宿ぞ 月はさびしき  0341 蓬わけて 荒れたる庭の 月見れば 昔すみけん 人ぞ恋しき  0342 身にしみて あはれ知らする 風よりも 月にぞ秋の 色はありける  0343 虫の音に かれゆく野辺の 草むらに あはれをそへて すめる月かげ  0344 人も見ぬ よしなき山の 末までに すむらん月の かげをこそ思へ  0345 木の間洩る 有明の月を ながむれば さびしさそふる 峯の松風  0346 いかにせん かげをば袖に 宿せども 心の澄めば 月の曇るを  0347 くやしくも 賎の伏屋と おとしめて 月のもるをも 知らで過ぎける  0348 あばれたる 草の庵に もる月を 袖にうつして ながめつるかな  0349 月を見て 心うかれし いにしへの 秋にもさらに めぐりあひぬる  0350 なにごとも 変りのみゆく 世の中に 同じ影にて すめる月かな  0351 夜もすがら 月こそ袖に 宿りけれ 昔の秋を 思ひ出づれば  0352 ながむれば ほかの影こそ ゆかしけれ 変らじものを 秋の夜の月  0353 ゆくへなく 月に心の すみすみて 果はいかにか ならんとすらん  0354 月影の かたぶく山を ながめつつ 惜しむしるしや 有明の空  0355 ながむるも まことしからぬ 心地して よにあまりたる 月の影かな  0356 行末の 月をば知らず 過ぎ来つる 秋またかかる 影はなかりき  0357 まこととも 誰か思はん ひとり見て 後に今宵の 月を語らば  0358 月のため 昼と思ふが かひなきに しばし曇りて 夜をしらせよ  0359 天の原 あさひ山より 出づればや 月の光の 昼にまがへる  0360 有明の 月の頃にし なりぬれば 秋は夜なき 心地こそすれ  0361 なかなかに 時々雲の かかるこそ 月をもてなす かざりなりけれ  0362 雲はるる 嵐の音は 松にあれや 月もみどりの 色にはえつつ  0363 さだめなく 鳥や鳴くらん 秋の夜の 月の光を 思ひまがへて  0364 誰もみな ことわりとこそ 定むらめ 昼をあらそふ 秋の夜の月  0365 影さえて まことに月の あかき夜は 心も空に うかれてぞすむ  0366 くまもなき 月の面に 飛ぶ雁の 影を雲かと まがへつるかな  0367 ながむれば いなや心の 苦しきに いたくな澄みそ 秋の夜の月  0368 雲も見ゆ 風もふくれば 荒くなる のどかなりつる 月の光を  0369 もろともに 影を並ぶる 人もあれや 月の洩りくる 笹の庵に  0370 なかなかに 曇ると見えて 晴るる夜の 月は光の そふ心地する  0371 うき雲の 月の面に かかれども はやく過ぐるは うれしかりけり  0372 過ぎやらで 月近くゆく うき雲の ただよふ見るは わびしかりけり  0373 厭へども さすがに雲の うち散りて 月のあたりを 離れざりけり  0374 雲はらふ あらしに月の みがかれて 光得て澄む 秋の空かな  0375 くまもなき 月の光を ながむれば まづ姨捨の 山ぞ恋しき  0376 月冴ゆる あかしの瀬戸に 風ふけば こほりの上に たたむ白波  0377 天の原 おなじ岩戸を 出づれども 光ことなる 秋の夜の月  0378 かぎりなく 名残り惜しきは 秋の夜の 月にともなふ 曙の空  0379  九月十三夜 今宵はと 心得顔に すむ月の 光もてなす 菊の白露  0380 雲きえし 秋のなかばの 空よりも 月は今宵ぞ 名におへりける  0381  後九月、月をもてあそぶといふことを 月見れば 秋加はれる 年はまた あかぬ心も そらにぞありける  0382  月照滝 雲消ゆる 那智のたかねに 月たけて 光をぬける 滝の白糸  0383  久待月 出でながら 雲にかくるる 月影を 重ねて待つや ふたむらの山  0384  雲間待月 秋の夜の いさよふ山の 端のみかは 雲の絶え間も 待たれやはせぬ  0385  月前薄 惜しむ夜の 月にならひて 有明の 入らぬをまねく 花薄かな  0386 花薄 月の光に まがはまし 深きますほの 色に染めずば  0387  月前荻 月すむと 荻植ゑざらん 宿ならば あはれすくなき 秋にやあらまし  0388  月照野花 月なくば 暮は宿へや 帰らまし 野辺には花の 盛りなりとも  0389  月前野花 花のころを 影にうつせば 秋の夜の 月も野守の 鏡なりけり  0390  月前草花 月の色を 花に重ねて をみなへし うは裳の下に 露をかけたる  0391 宵の間の 露にしをれて をみなへし 有明の月の 影にたはるる  0392  月前女郎花 庭さゆる 月なりけりな をみなへし 霜にあひぬる 花と見たれば  0393  月前虫 月のすむ 浅茅にすだく きりぎりす 露の置くにや 秋を知るらん  0394 露ながら こぼさで折らん 月影に 小萩が枝の まつ虫の声  0395  深夜聞蛬 わがよとや 更けゆく空を 思ふらん 声も休まぬ きりぎりすかな  0396  田家月 夕露の 玉しく小田の いな筵 かぶす穂末に 月ぞすみける  0397  月前鹿 たぐひなき 心地こそすれ 秋の夜の 月すむ峯の 小牡鹿の声  0398  月前紅葉 木の間洩る 有明の月の さやけきに 紅葉をそへて ながめつるかな  0399  霧隔月 立田山 月すむ峯の かひぞなき ふもとに霧の 晴れぬかぎりは  0400  月前懐旧 いにしへを 何につけてか 思ひ出でん 月さへ曇る 夜ならましかば  0401  寄月述懐 世の中の 憂きをも知らで すむ月の かげはわが身の 心地こそすれ  0402 世の中は 曇りはてぬる 月なれや さりともと見し 影も待たれず  0403 いとふよも 月すむ秋に なりぬれば ながらへずばと 思ふなるかな  0404 さらぬだに うかれてものを 思ふ身の 心をさそふ 秋の夜の月  0405 捨てて往にし 憂き世に月の すまであれな さらば心の 留らざらまし  0406 あながちに 山にのみすむ 心かな 誰かは月の 入るを惜しまぬ  0407  春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくて、あはれなりければ ふりさけし 人の心ぞ 知られぬる 今宵三笠の 月をながめて  0408  月明寺辺 昼と見ゆる 月に明くるを 知らましや 時つく鐘の 音せざりせば  0409  人々住吉にまゐりて、月をもてあそびけるに かたそぎの ゆきあはぬ間より 洩る月や 冴えてみ袖の 霜に置くらん  0410 波にやどる 月をみぎはに 揺り寄せて 鏡に懸くる 住吉の岸  0411  旅まかりける泊りにて あかずのみ 都にて見し 影よりも 旅こそ月は あはれなりけれ  0412 見しままに 姿も影も かはらねば 月ぞ都の かたみなりける  0413  旅宿思月 月はなほ 夜な夜なごとに 宿るべし わが結びおく 草の庵に  0414  心ざすことありて安芸の一宮へまゐりけるに、たかとみの浦と申す所に、風に吹きとめられて、程経にけり。苫葺きたる庵より月の洩りくるを見て 波の音を 心にかけて 明かすかな 苫洩る月の かげを友にて  0415  まゐりつきて、月いと明かくて、あはれにおぼえければ もろともに 旅なる空に 月も出でて すめばや影の あはれなるらん  0416  旅宿月 あはれしる 人見たらばと 思ふかな 旅寝の床に 宿る月影  0417 月宿る 同じうき寝の 波にしも 袖しをるべき ちぎり有りける  0418 都にて 月をあはれと 思ひしは 数よりほかの すさびなりけり  0419  船中初雁 沖かけて 八重の潮路を ゆく船は ほのかにぞ聞く 初雁の声  0420  朝聞雁 横雲の 風にわかるる しののめに 山飛び越ゆる 初雁の声  0421  入夜聞雁 烏羽に 書く玉章の 心地して 雁なきわたる 夕闇の空  0422  雁声遠近 白雲を つばさにかけて ゆく雁の かど田の面の 友慕ふなり  0423  霧中雁 玉章の つづきは見えで 雁がねの 声こそ霧に 消たれざりけれ  0424  霧上雁 空色の こなたをうらに たつ霧の おもてに雁の かける玉章  0425  霧 うづら鳴く をりにしなれば 霧こめて あはれさびしき 深草の里  0426  霧隔行客 名残り多き むつごと尽きで 帰り行く 人をば霧も たち隔てけり  0427  山家霧 たちこむる 霧の下に もうづもれて 心晴れせぬ み山辺の里  0428 よをこめて 竹の編戸に たつ霧の 晴ればやがてや あけんとすらん  0429  鹿 しだり咲く 萩の古枝に 風かけて すがひすがひに 牡鹿なくなり  0430 萩が枝の 露ためず吹く 秋風に 牡鹿なくなり 宮城野の原  0431 夜もすがら 妻恋ひかねて なく鹿の 涙や野辺の 露となるらん  0432 さらぬだに 秋はもののみ 悲しきを 涙もよほす 小牡鹿の声  0433 山颪に 鹿の音たぐふ 夕暮に もの悲しとは 言ふにやあるらん  0434 鹿もわぶ 空のけしきも しぐるめり 悲しかれとも なれる秋かな  0435 なにとなく 住ままほしくぞ 思ほゆる しかあはれなる 秋の山里  0436  小倉の麓に住み侍りけるに、鹿のなきけるを聞きて 牡鹿なく 小倉の山の すそ近み ただひとりすむ わが心かな  0437  暁鹿 夜を残す 寝覚に聞くぞ あはれなる 夢野の鹿も かくやなくらん  0438  夕聞鹿 篠原や 霧にまがひて なく鹿の 声かすかなる 秋の夕暮  0439  幽居聞鹿 隣ゐぬ 原の仮屋に あかす夜は しかあはれなる ものにぞありける  0440  田庵鹿 小山田の 庵近くなく 鹿の音に おどろかされて おどろかすかな  0441  人を尋ねて、小野にまかりたりけるに、鹿の鳴きければ 鹿の音を 聞くにつけても すむ人の 心知らるる 小野の山里  0442  独聞擣衣 ひとり寝の 夜寒になるに かさねばや 誰がために擣つ 衣なるらん  0443  隔里擣衣 小夜衣 いづくの里に 擣つならん 遠く聞ゆる 槌の音かな  0444  年頃申しなれたる人の、伏見に住むと聞きて、尋ねまかりたりけるに、庭の草、道も見えぬほどに茂りて、虫の鳴きければ 分けて入る 袖にあはれを かけよとて 露けき庭に 虫さへぞなく  0445  虫の歌よみ侍りけるに 夕されや 玉おく露の 小笹生に 声はつならす きりぎりすかな  0446 秋風に 穂末なみよる 刈萱の 下葉に虫の 声乱るなり  0447 きりぎりす なくなる野辺は よそなるを 思はぬ袖に 露のこぼるる  0448 秋風の ふけゆく野辺の 虫の音に はしたなきまで 濡るる袖かな  0449 虫の音を よそに思ひて 明かさねば 袂も露は 野辺にかはらじ  0450 野辺になく 虫もやものは 悲しきに 答へましかば 問ひて聞かまし  0451 秋の夜を ひとりやなきて 明かさまし ともなふ虫の 声なかりせば  0452 秋の夜に 声も休まず なく虫を つゆまどろまで 聞きあかすかな  0453 秋の野の 尾花が袖に 招かせて いかなる人を まつ虫の声  0454 よもすがら 袂に虫の 音をかけて 払ひわづらふ 袖の白露  0455 きりぎりす 夜寒になるを 告げ顔に 枕のもとに 来つつなくなり  0456 虫の音を よわりゆくかと 聞くからに 心に秋の 日数をぞ経る  0457 秋深み よわるは虫の 声のみか 聞くわれとても 頼みやはある  0458 虫の音に 露けかるべき 袂かは あやしや心 もの思ふべし  0459  独聞虫 ひとり寝の 友には馴れて きりぎりす なく音を聞けば もの思ひ添ふ  0460  故郷虫 草深み 分け入りてとふ 人もあれや ふりゆく跡の 鈴虫の声  0461  雨中虫 壁に生ふる 小草にわぶる きりぎりす しぐるる庭の 露いとふべし  0462  田庵聞虫 小萩咲く 山田の畔の 虫の音に 庵守る人や 袖濡らすらん  0463  暮路虫 うちすぐる 人なき路の 夕されは 声にて送る くつわ虫かな  0464  田家秋夕 ながむれば 袖にも露ぞ こぼれける そともの小田の 秋の夕暮  0465 吹き過ぐる 風さへことに 身にぞしむ 山田の庵の 秋の夕暮  0466  京極太政大臣、中納言と申しける折り、菊をおびただしきほどに仕立てて、鳥羽院に参らせ給ひたりけり。鳥羽の南殿の東面の坪に、所無きほどに植ゑさせ給ひたりけり。公重の少将、人々すすめて菊もてなされけるに、加はるべき由ありければ 君が住む 宿の坪をば 菊ぞかざる 仙の宮とや いふべかるらん  0467  菊 幾秋に われあひぬらん 九月の 九日につむ 八重の白菊  0468 秋深み ならぶ花なき 菊なれば 所を霜の おけとこそ思へ  0469  月前菊 ませなくば 何をしるしに 思はまし 月にまがよふ 白菊の花  0470  秋、ものへまかりける道にて 心なき 身にもあはれは しられけり 鴫たつ沢の 秋の夕暮  0471  嵯峨に住みける頃、隣の坊に申すべきことありて、まかりけるに、道もなく葎の茂りければ たちよりて 隣とふべき 垣に添ひて ひまなく這へる 八重葎かな  0472  題知らず いつよりか 紅葉の色は 染むべきと 時雨にくもる 空にとはばや  0473  紅葉未遍 糸鹿山 時雨に色を 染めさせて かつがつ織れる 錦なりけり  0474  山家紅葉 染めてけり 紅葉の色の くれなゐを 時雨ると見えし み山辺の里  0475  秋の末に松虫を聞きて さらぬだに 声弱かりし 松虫の 秋の末には 聞きもわかれず  0476 梢あれば 枯れゆく野辺は いかがせん 虫の音残せ 秋の山里  0477  寂然、高野にまゐりて、深秋紅葉といふことをよみけるに さまざまの 錦ありける み山かな 花見し峯を 時雨染めつつ  0478  紅葉色深 かぎりあれば いかがは色の まさるべき あかず時雨るる 小倉山かな  0479 もみぢ葉の 散らで時雨の 日数経ば いかばかりなる 色にはあらまし  0480  霧中紅葉 錦はる 秋のこずゑを 見せぬかな へだつる霧の 闇をつくりて  0481  いやしかりける家に、蔦の紅葉のおもしろかりけるを見て 思はずに よしある賎の すみかかな 蔦の紅葉を 軒に這はせて  0482  東へまかりけるに、信夫の奥に侍りける社の紅葉を 常磐なる 松の緑に 神さびて 紅葉ぞ秋は 朱の玉垣  0483  草花の野路の紅葉 紅葉散る 野原を分けて 行く人は 花ならぬまた 錦きるべし  0484  秋の末に、法輪にこもりてよめる おほゐ川 井堰によどむ 水の色に 秋深くなる 程ぞしらるる  0485 小倉山 麓に秋の 色はあれや 梢の錦 風にたたれて  0486 わがものと 秋の梢を 思ふかな 小倉の里に 家居せしより  0487 山里は 秋の末にぞ 思ひしる 悲しかりけり 木枯の風  0488  暮秋 暮れはつる 秋の形見に しばし見ん 紅葉散らすな 木枯の風  0489 秋暮るる 月なみ分くる やまがつの 心うらやむ 今日の夕暮  0490  夜すがら秋を惜しむ 惜しめども 鐘の音さへ かはるかな 霜にや露を 結びかふらん  Subtile  冬  0491  長楽寺にて、夜紅葉を思ふといふことを、人々よみけるに 夜もすがら 惜しげなく吹く 嵐かな わざと時雨の 染むる梢を  0492  題知らず 寝覚する 人の心を 侘びしめて 時雨るる音は 悲しかりけり  0493  十月はじめつかた、山里にまかりたりけるに、きりぎりすの声のわづかにしければよめる 霜うづむ 葎が下の きりぎりす あるかなきかの 声聞ゆなり  0494  山家落葉 道もなし 宿は木の葉に 埋もれて まだきせさする 冬籠りかな  0495  暁落葉 木の葉散れば 月に心ぞ あらはるる み山隠れに 住まんと思ふに  0496 時雨かと 寝覚の床に 聞ゆるは 嵐に絶えぬ 木の葉なりけり  0497  水上落葉 立田姫 染めし梢の 散るをりは くれなゐあらふ 山川の水  0498  落葉 嵐掃く 庭の木の葉の 惜しきかな まことの塵に なりぬと思へば  0499  月前落葉 山颪の 月に木の葉を 吹きかけて 光にまがふ 影を見るかな  0500  滝上落葉 木枯に 峯の木の葉や たぐふらん むら濃に見ゆる 滝の白糸  0501  山家時雨 宿かこふ ははその柴の 時雨さへ 慕ひて染むる 初時雨かな  0502  閑中時雨 おのづから おとする人ぞ なかりける 山めぐりする 時雨ならでは  0503  時雨歌よみけるに 東屋の あまりにも降る 時雨かな 誰かは知らぬ 神無月とは  0504  落葉留網代 紅葉よる 網代の布の 色染めて ひをくくりとは 見えぬなりけり  0505  山家枯草といふことを、覚範僧都の房にて人々よみけるに かきこめし 裾野の薄 霜枯れて さびしさまさる 柴の庵かな  0506  野辺寒草といふことを、雙林寺にてよみけるに さまざまに 花咲きけりと 見し野辺の 同じ色にも 霜枯れにける  0507  枯野草 分けかねし 袖に露をば 留め置きて 霜に朽ちぬる 真野の萩原  0508 霜かづく 枯野の草の さびしきに いづくは人の 心とむらん  0509 霜枯れて もろくくだくる 荻の葉を あらく分くなる 風の音かな  0510  冬歌よみけるに 難波江の 汀の葦に 霜冴えて 浦風寒き 朝ぼらけかな  0511 玉かけし 花の姿も おとろへて 霜をいただく をみなへしかな  0512 やまざくら 初雪降れば 咲きにけり 吉野は里に 冬ごもれども  0513 さびしさに たへたる人の またもあれな 庵ならべん 冬の山里  0514  水辺寒草 霜にあひて 色あらたむる 葦の穂の さびしく見ゆる 難波江の浦  0515  山家冬 玉まきし 垣根の真葛 霜枯れて さびしく見ゆる 冬の山里  0516  寒夜旅宿 旅寝する 草のまくらに 霜冴えて 有明の月の かげぞ待たるる  0517  山家冬月 冬枯れの すさまじげなる 山里に 月のすむこそ あはれなりけれ  0518 月出づる 峯の木の葉も 散りはてて 麓の里は うれしかるらん  0519  月照寒草 花に置く 露に宿りし かげよりも 枯野の月は あはれなりけり  0520 氷しく 沼の葦原 風さえて 月も光ぞ さびしかりける  0521  閑夜冬月 霜さゆる 庭の木の葉を 踏みわけて 月は見るやと 訪ふ人もがな  0522  庭上冬月 さゆと見えて 冬深くなる 月影は 水なき庭に 氷をぞしく  0523  鷹狩 あはせつる 木居のはし鷹 すばえかし 犬飼人の 声しきりなり  0524  雪中鷹狩 かきくらす 雪に雉子は 見えねども 羽音に鈴を くはへてぞやる  0525 ふる雪に 鳥立も見えず うづもれて とりどころなき み狩野の原  0526  庭雪似月 木の間洩る 月のかげとも 見ゆるかな はだらに降れる 庭の白雪  0527  雪の朝、霊山と申す所にて、眺望を人々よみけるに たちのぼる 朝日の影の さすままに 都の雪は 消えみ消えずみ  0528  枯野に雪の降りたりけるを 枯れはつる 茅が上葉に ふる雪は さらに尾花の 心地こそすれ  0529  雪の歌よみけるに たゆみつつ 橇の早緒も つけなくに 積りにけりな 越の白雪  0530  雪埋路 降る雪に 枝折りし柴も うづもれて 思はぬ山に 冬ごもりぬる  0531  秋頃、高野へまゐるべき由たのめてまゐらざりける人の許へ、雪降りてのち、申し遣はしける 雪深く うづみてけりな 君来やと 紅葉のにしき しきし山路を  0532  雪朝待人 わが宿に 庭よりほかの 道もがな 訪ひこん人の 跡つけで見ん  0533  雪に庵埋みて、せんかたなくおもしろかりけり。いまも来たらばと詠みけんこと思ひ出でて、見けるほどに、鹿の分けて通りけるを見て 人来ばと 思ひて雪を 見るほどに しか跡つくる こともありけり  0534  雪朝会友 跡とむる 駒のゆくへは さもあらば あれうれしく君に ゆきにあひぬる  0535  雪埋竹といふこと 雪うづむ 園の呉竹 折れ伏して ねぐら求むる むらすずめかな  0536  賀茂臨時祭返立の御神楽、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪の降りたりけるを見て うらかへす 小忌の衣と 見ゆるかな 竹の末葉に 降れる白雪  0537  社頭雪 玉垣は 朱も緑も うづもれて 雪おもしろき 松尾の山  0538  雪歌よみけるに なにとなく 暮るるしづりの 音までも 雪あはれなる 深草の里  0539 雪ふれば 野路も山路も うづもれて をちこちしらぬ 旅の空かな  0540 青根山 苔のむしろの 上に敷く 雪は白根の ここちこそすれ  0541 卯の花の ここちこそすれ 山里の 垣根の柴を うづむ白雪  0542 をりならぬ めぐりの垣の 卯の花を うれしく雪の 咲かせつるかな  0543 訪へな君 夕暮になる 庭の雪を 跡なきよりは あはれならまし  0544  舟中霰 瀬戸わたる たななしをぶね 心せよ 霰みだるる しまき横ぎる  0545  深山霰 杣人の まきの仮屋の あだ臥に 音するものは 霰なりけり  0546  桜の木に霰のたばしりけるを見て ただはおちで 枝をつたへる 霰かな つぼめる花の 散る心地して  0547  月前炭竈 かぎりあらん 雲こそあらめ 炭竈の 煙に月の すすけぬるかな  0548  千鳥 淡路島 いそわの千鳥 声しげみ 瀬戸の潮風 さえわたる夜は  0549 淡路島 瀬戸の潮干の 夕暮に 須磨よりかよふ 千鳥鳴くなり  0550 霜さえて みぎはふけゆく 浦風を 思ひ知りげに 鳴く千鳥かな  0551 さゆれども 心やすくぞ ききあかす 河瀬の千鳥 友具してけり  0552 八瀬わたる みなとの風に 月ふけて 潮干るかたに 千鳥鳴くなり  0553  題知らず 千鳥鳴く 絵島の浦に すむ月を 波にうつして 見る今宵かな  0554  氷留山水 岩間ゆく 木の葉わけ来し 山水を つゆ洩らさぬは 氷なりけり  0555  滝上氷 水上に 水やこほりを むすぶらん くるとも見えぬ 滝の白糸  0556  氷筏を閉づといふことを 氷わる 筏のさをの たゆければ 持ちやこさまし 保津の山越  0557  冬歌十首 花も枯れ 紅葉も散らぬ 山里は さびしさをまた 訪ふ人もがな  0558 ひとり住む 片山かげの 友なれや あらしに晴るる 冬の山里  0559 津の国の 葦の丸屋の さびしさは 冬こそわけて 訪ふべかりけれ  0560 さゆる夜は よその空にぞ 鴛鴦も鳴く 氷りにけりな 昆陽の池水  0561 よもすがら あらしの山に 風さえて おほゐの淀に 氷をぞしく  0562 さえわたる 浦風いかに 寒からん 千鳥群れゐる ゆふさきの浦  0563 山里は しぐれし頃の さびしさに 嵐の音は ややまさりけり  0564 風さえて 寄すればやがて 氷りつつ かへる波なき 志賀の唐崎  0565 吉野山 麓にふらぬ 雪ならば 花かと見てや たづね入らまし  0566 山ごとに さびしからじと はげむべし 煙こめたり 小野の山里  0567  題知らず 山桜 思ひよそへて ながむれば 木ごとの花は ゆきまさりけり  0568  仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに 降りうづむ 雪を友にて 春来ては 日を送るべき み山辺の里  0569  山家冬深 訪ふ人は 初雪をこそ 分け来しか 路とぢてけり み山辺の里  0570  山居雪 年のうちは 訪ふ人さらに あらじかし 雪も山路も 深き住処を  0571  世を遁れて、鞍馬の奥に侍りけるに、筧氷りて、水まうで来ざりけり。春になるまでかく侍るなりと申しけるを聞きて、よめる わりなしや 氷る筧の 水ゆゑに 思ひ捨ててし 春の待たるる  0572  みちのくににて、年の暮によめる つねよりも 心細くぞ 思ほゆる 旅の空にて 年の暮れぬる  0573  山家歳暮 あたらしき 柴の編戸を たてかへて 年のあくるを 待ちわたるかな  0574  東山にて歳暮述懐 年暮れて その営みは 忘られて あらぬさまなる いそぎをぞする  0575  年の暮に、高野より都なる人の許に遣はしける おしなべて 同じ月日の 過ぎゆけば 都もかくや 年は暮れぬる  0576  年の暮に、人の許へ遣はしける おのづから 言はぬを慕ふ 人やあると やすらふほどに 年の暮れぬる  0577  常無きことに寄せて いつかわれ 昔の人と 言はるべき 重なる年を 送り迎へて  Subtitle  恋  0578  聞名尋恋 逢はざらん ことをば知らで 帚木の 伏屋と聞きて たづね来にけり  0579  自門帰恋 立て初めて かへる心は 錦木の 千束待つべき ここちこそせね  0580  涙顕恋 おぼつかな いかにと人の くれはとり あやむるまでに 濡るる袖かな  0581  夢会恋 なかなかに 夢にうれしき あふことは 現にものを 思ふなりけり  0582 あふとみる ことを限れる 夢路にて さむる別れの なからましかば  0583 夢とのみ 思ひなさるる 現こそ あひ見しことの かひなかりけれ  0584  後朝 今朝よりぞ 人の心は つらからで 明けはなれゆく 空を恨むる  0585 あふことを 忍ばざりせば 道芝の 露より先に おきて来ましや  0586  後朝郭公 さらぬだに 帰りやられぬ しののめに 添へて語らふ ほととぎすかな  0587  後朝花橘 かさねては 乞ひえまほしき 移り香を 花橘に 今朝たぐへつつ  0588  後朝霧 やすらはん おほかたの夜は 明けぬとも 闇とか言へる 霧に籠りて  0589  かへる朝の時雨 ことづけて 今朝の別れを やすらはん 時雨をさへや 袖にかくべき  0590  逢不遭恋 つらくとも 逢はずばなにの 習ひにか 身のぼど知らず 人を恨みん  0591 さらばただ さらでぞ人の やみなまし さて後もさは さもあらじとや  0592  恨 漏らさじと 袖にあまるを つつままし なさけを忍ぶ 涙なりせば  0593  再絶恋 からころも たち離れにし ままならば 重ねてものは 思はざらまし  0594  寄糸恋 賤の女が 裾とる糸に 露そひて 思ひにたがふ 恋もするかな  0595  寄梅恋 折らばやと なに思はまし 梅の花 なつかしからぬ 匂ひなりせば  0596 ゆきずりに 一枝折りし 梅が香の ふかくも袖に 染みにけるかな  0597  寄花恋 つれもなき 人に見せばや 桜花 風にしたがふ 心よわさを  0598 花を見る 心はよそに 隔たりて 身につきたるは 君がおもかげ  0599  寄残花恋 葉隠れに 散りとどまれる 花のみぞ 忍びし人に 逢ふ心地する  0600  寄帰雁恋 つれもなく 絶えにし人を 雁がねの 帰る心と 思はましかば  0601  寄草花恋 朽ちてただ しをればよしや わが袖も 萩の下枝の 露によそへて  0602  寄鹿恋 つま恋ひて 人目つつまぬ 鹿の音も 羨む袖の みさをなるかは  0603  寄苅萱恋 ひとかたに 乱るともなき わが恋や 風さだまらぬ 野辺の苅萱  0604  寄霧恋 夕霧の へだてなくこそ 思ほゆれ かくれて君が 逢はぬなりけり  0605  寄紅葉恋 わがなみだ しぐれの雨に たぐへばや 紅葉の色の 袖にまがへる  0606  寄落葉恋 朝ごとに 声をとどむる 風の音は 夜をへてかかる 人の心か  0607  寄氷恋 春を待つ 諏訪のわたりも あるものを いつを限りに すべきつららぞ  0608  寄水鳥恋 わが袖の 涙かかると 濡れであれな うらやましきは 池の鴛鴦鳥  0609  賀茂の方にささきと申す里に、冬ふかく侍りけるに、隆信など詣できて、山家恋と言ふことを詠みけるに 筧にも 君がつららや 結ぶらん 心細くも 絶えぬなるかな  0610  売人に付文恋といふことを 思ひかね 市の中には 人多み ゆかりたづねて 付くるたまづさ  0611  海路恋 波しのぐ ことをも何か わづらはん 君に逢ふべき 路と思はば  0612  松風増恋 いはしろの 松風聞けば もの思ふ 人もこころぞ むすぼほれける  0613  九月ふたつありける年、閏月を忌む恋といふことを人々詠みけるに ながつきの あまりにつらき 心にて 忌むとは人の 言ふにやあるらん  0614  御生の頃、賀茂に詣りたりけるに、精進憚恋を人々詠みけるに ことづくる 御生のほどを 過しても なほやうづきの 心なるべき  0615  同社にて祈神恋といふことを、神主ども詠みけるに 天降る 神のしるしの 有り無しを つれなき人の ゆくへにて見ん  0616  月 月待つと いひなされつる よひの間の 心の色を 袖に見えぬる  0617 知らざりき 雲居のよそに 見し月の かげを袂に 宿すべしとは  0618 あはれとも 見る人あらば 思ひなん 月のおもてに やどる心は  0619 月見れば いでやと世のみ 思ほえて 持たりにくくも なる心かな  0620 弓張の 月に外れて 見し影の やさしかりしは いつか忘れん  0621 おもかげの 忘らるまじき 別れかな 名残りを人の 月にとどめて  0622 秋の夜の 月や涙を かこつらん 雲なきかげを もてやつすとて  0623 天の原 さゆるみ空は 晴れながら なみだぞ月の 雲になりける  0624 もの思ふ 心のたけぞ 知られぬる 夜な夜な月を ながめあかして  0625 月を見る 心の節を とがにして たより得顔に 濡るる袖かな  0626 思ひ出づる ことは何時とも いひながら 月にはたへぬ 心なりけり  0627 あしひきの 山のあなたに 君すまば 入るとも月を 惜しまざらまし  0628 歎けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな  0629 君にいかで 月にあらそふ ほどばかり めぐり逢ひつつ かげを並べん  0630 白妙の ころもかさぬる 月かげの さゆる真袖に かかる白露  0631 忍び音の 涙たたふる 袖のうらに なづまずやどる 秋の夜の月  0632 もの思ふ 袖にも月は 宿りけり にごらで澄める 水ならねども  0633 恋しさを もよほす月の かげなれば こぼれかかりて かこつ涙か  0634 よしさらば 涙の池に 袖ふれて 心のままに 月を宿さん  0635 うちたえて なげく涙に わが袖の 朽ちなば何に 月を宿さん  0636 世々経とも 忘れがたみの 思ひ出は たもとに月の 宿るばかりか  0637 涙ゆゑ くまなき月ぞ 曇りぬる 天のはらはら とのみ泣かれて  0638 あやにくに しるくも月の 宿るかな 夜にまぎれてと 思ふ袂に  0639 おもかげに 君が姿を 見つるより にはかに月の 曇りぬるかな  0640 よもすがら 月を見顔に もてなして 心の闇に まよふ頃かな  0641 秋の月 もの思ふ人の ためとてや 憂きおもかげに そへて出づらん  0642 へだてたる 人の心の くまにより 月をさやかに 見ぬがかなしさ  0643 涙ゆゑ 月はくもれる 月なれば ながれぬ折ぞ 晴れ間なりける  0644 くまもなき をりしも人を 思ひ出でて 心と月を やつしつるかな  0645 もの思ふ 心のくまを 拭ひうてて 曇らぬ月を 見るよしもがな  0646 恋しさや 思ひ弱ると ながむれば いとど心を くだく月影  0647 ともすれば 月すむ空に あくがるる 心の果てを 知るよしもがな  0648 ながむるに 慰むことは なけれども 月を友にて あかす頃かな  0649 もの思ひて ながむる頃の 月の色に いかばかりなる あはれ染むらん  0650 雨雲の わりなき隙を 洩る月の かげばかりだに 逢ひ見てしがな  0651 秋の月 信田の社の 千枝よりも 繁きなげきや くまなかるらん  0652 思ひしる 人あり明けの 夜なりせば つきせず身をば 恨みざらまし  0653  恋 数ならぬ 心の咎に なし果てじ 知らせてこそは 身をも恨みめ  0654 うちむかふ そのあらましの 面影を まことになして 見るよしもがな  0655 山賤の 荒野をしめて 住みそむる かただよりなる 恋もするかな  0656 常盤山 しひの下柴 刈り捨てん かくれて思ふ かひのなきかと  0657 歎くとも 知らばや人の おのづから あはれと思ふ こともあるべき  0658 なにとなく さすがに惜しき 命かな あり経ば人や 思ひ知るとて  0659 なにゆゑか 今日までものを 思はまし 命にかへて 逢ふ世なりせば  0660 あやめつつ 人知るとても いかがせん 忍びはつべき 袂ならねば  0661 涙川 深く流るる 水脈ならば 浅き人目に つつまざらまし  0662 しばしこそ 人目つつみに 堰かれけれ 果ては涙や 鳴滝の川  0663 もの思へば 袖に流るる 涙川 いかなる水脈に 逢ふ瀬なりなん  0664 憂きにだに などなど人を 思へども かなはで年の 積りぬるかな  0665 なかなかに 馴れぬ思ひの ままならば 恨みばかりや 身に積らまし  0666 なにせんに つれなかりしを 恨みけん 逢はずばかかる 思ひせましや  0667 むかはらば われが歎きの 報いにて 誰ゆゑ君が ものを思はん  0668 身の憂さの 思ひ知らるる ことわりに おさへられぬは 涙なりけり  0669 日を経れば 袂の雨の 脚そひて 晴るべくもなき わが心かな  0670 かきくらす 涙の雨の 脚しげみ さかりにものの 歎かしきかな  0671 もの思へども かからぬ人も あるものを あはれなりける 身の契りかな  0672 なほざりの 情は人の あるものを 絶ゆるは常の 習ひなれども  0673 なにとこは 数まへられぬ 身のほどに 人を恨むる 心なりけん  0674 憂きふしを まづ思ひ知る 涙かな さのみこそはと 慰むれども  0675 さまざまに 思ひ乱るる 心をば 君がもとにぞ 束ねあつむる  0676 もの思へば 千々に心ぞ くだけぬる 信田の社の 千枝ならねども  0677 かかる身に 生したてけん たらちねの 親さへつらき 恋もするかな  0678 おぼつかな 何の報いの かへりきて 心せたむる あたとなるらん  0679 かき乱る 心やすめぬ ことぐさは あはれあはれと 歎くばかりか  0680 身を知れば 人のとがには 思はぬに うらみ顔にも 濡るる袖かな  0681 なかなかに 馴るるつらさに くらぶれば 疎き恨みは みさをなりけり  0682 人は憂し 歎きはつゆも 慰まず さはこはいかに すべき心ぞ  0683 日にそへて 恨みはいとど 大海の ゆたかなりける わが思ひかな  0684 さることの あるなりけりと 思ひ出でて 忍ぶ心を しのべとぞ思ふ  0685 今日ぞ知る 思ひ出でよと ちぎりしは 忘れんとての 情なりけり  0686 難波潟 波のみいとど 数そひて うらみのひまや 袖の乾かん  0687 こころざし 有りてのみやは 人を訪ふ 情はなどと 思ふばかりぞ  0688 なかなかに 思ひ知るてふ 言の葉は 問はぬにすぎて 恨めしきかな  0689 などか我 ことのほかなる 歎きせで みさをなる身に 生れざりけん  0690 汲みて知る 人もあらなん おのづから ほりかねの井の 底の心を  0691 けぶり立つ 富士におもひの 争ひて よだけき恋を するがへぞ行く  0692 涙川 さかまく水脈の 底ふかみ みなぎりあへぬ わが心かな  0693 磯のまに 波あらげなる 折々は うらみをかづく 里のあま人  0694 瀬戸口に たけるうしほの 大淀み 淀むとしひの なき涙かな  0695 あづまぢや あひの中山 ほどせばみ 心の奥の 見えばこそあらめ  0696 いつとなく おもひに燃ゆる わが身かな 浅間の煙 しめる世もなく  0697 播磨路や 心のすまに 関据ゑて いかでわが身の 恋をとどめん  0698 あはれてふ 情に恋の 慰まば 問ふ言の葉や うれしからまし  0699 もの思へば まだ夕暮の ままなるに 明けぬと告ぐる しば鳥の声  0700 夢をなど 夜ごろたのまで 過ぎ来けん さらで逢ふべき 君ならなくに  0701 さはと言ひて 衣かへして うち臥せど 目の合はばやは 夢も見るべき  0702 恋ひらるる うき名を人に 立てじとて 忍ぶわりなき わが袂かな  0703 夏草の しげりのみゆく 思ひかな 待たるる秋の あはれ知られて  0704 くれなゐの 色に袂の 時雨れつつ 袖にあきある 心地こそすれ  0705 あはれとて 訪ふ人のなど なかるらん もの思ふ宿の 荻の上風  0706 わりなしや さこそもの思ふ 袖ならめ あきに逢ひても おける露かな  0707 秋ふかき 野辺の草葉に くらべばや もの思ふ頃の 袖の白露  0708 いかにせん 来ん世の海人と なるほども みるめ難くて 過ぐるうらみを  0709 もの思ふと 涙ややがて みつ瀬川 人をしづむる 淵となるらん  0710 あはれあはれ この世はよしや さもあらばあれ 来ん世もかくや 苦しかるべき  0711 たのもしな よひあかつきの 鐘の音 もの思ふ罪も つきざらめやは  Subtitle  雑  0712 つくづくと ものを思ふに うちそへて 折あはれなる 鐘の音かな  0713 なさけありし 昔のみなほ しのばれて ながらへま憂き 世にもあるかな  0714 軒近き 花橘に 袖しめて 昔をしのぶ 涙つつまん  0715 なにごとも 昔を聞くは なさけありて ゆゑあるさまに しのばるるかな  0716 わが宿は 山のあなたに あるものを なにに憂き世を 知らぬ心ぞ  0717 曇りなう 鏡の上に ゐる塵を 眼に立てて見る 世と思はばや  0718 ながらへんと 思ふ心ぞ つゆもなき いとふにだにも たへぬ憂き身は  0719 思ひ出づる 過ぎにし方を はづかしみ あるにもの憂き この世なりけり  0720  世に仕ふべかりける人の、籠りゐたりける許へ遣はしける 世の中に すまぬもよしや 秋の月 にごれる水の たたふさかりに  0721  五日、菖蒲を人の遣はしたりける返事に 世のうきに ひかるる人は あやめ草 心の根なき 心地こそすれ  0722  寄花橘述懐 世の憂さを 昔語りに なしはてて 花たちばなに 思ひ出でめや  0723  世にあらじと思ひ立ちける頃、東山にて、人々、寄霞述懐といふことを詠める そらになる 心は春の かすみにて 世にあらじとも 思ひ立つかな  0724  同心を 世をいとふ 名をだにもさは 留め置きて 数ならぬ身の 思ひ出にせん  0725  いにしへ頃、東山に阿弥陀房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに、なにとなくあはれにおぼえて詠める 柴の庵と 聞くはくやしき 名なれども 世に好もしき 住居なりけり  0726  世を遁れける折、ゆかりありける人の許へ言ひ送りける 世の中を 背きはてぬと 言ひ置かん 思ひしるべき 人はなくとも  0727  遙かなる所に籠りて、都なる人の許へ、月の頃遣はしける 月のみや うはの空なる かたみにて 思ひも出でば 心かよはん  0728  世を遁れて、伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて 鈴鹿山 うき世をよそに ふり捨てて いかになりゆく わが身なるらん  0729  述懐 なにごとに とまる心の ありければ 更にしもまた 世のいとはしき  0730  侍従大納言成通の許へ、後の世のことおどろかし申したりける返事に おどろかす 君によりてぞ 長きよの 久しき夢は 覚むべかりける  0731  返事 おどろかぬ 心なりせば 世の中を 夢ぞと語る 甲斐なからまし  0732  中院右大臣、出家思ひ立つ由のこと語り給ひけるに、月いとあかくて、夜もすがらあはれにて、明けにければ帰りにけり。その後、その夜の名残り多かりし由言ひ送り給ふとて 夜もすがら 月をながめて 契り置きし その睦言に 闇は晴れにき  0733  返し 澄むといひし 心の月し 現れば この世も闇の 晴れざらめやは  0734  為業、常盤に堂供養しける、世を遁れて山寺に住み侍りける親しき人々、まうできたると聞きて、言ひ遣はしける いにしへに かはらぬ君が 姿こそ 今日はときはの 形見なりけれ  0735  返し 色かへで ひとり残れる 常磐木は いつをまつとか 人は見るらん  0736  ある人、様変へて仁和寺の奥なる所に住むと聞きて、まかりてたづねければ、あからさまに京にと聞きて帰りにけり。その後人遣はして、かくなんまゐりたりしと申したりける返事に 立ち寄りて 柴の煙の あはれさを いかが思ひし 冬の山里  0737  返事 山里に 心は深く 入りながら 柴のけぶりの 立ちかへりにし  0738  この歌も添へられたりける 惜しからぬ 身を捨てやらで 経るほどに 長き闇にや また迷ひなん  0739  返し 世を捨てぬ 心のうちに 闇こめて 迷はんことは 君ひとりかは  0740  親しき人々あまたありければ、同じ心に誰も御覧ぜよとて遣はしたりける返事にまた なべてみな 晴れせぬ闇の 悲しさを 君しるべせよ 光見ゆやと  0741  また返し 思ふとも いかにしてかは しるべせん 教ふる道に 入らばこそあらめ  0742  後の世のこと、むげに思はずしもなしと見えける人の許へ遣はしける 世の中に 心ありあけの 人はみな かくて闇には 迷はぬものを  0743  返し 世を背く 心ばかりは ありあけの つきせぬ闇は 君に晴るけん  0744  ある所の女房、世を遁れて西山に住むと聞きて、たづねければ、住み荒らしたる様して、人の影もせざりけり。あたりの人にかくと申し置きたりけるを聞きて、言ひ送れりける 潮なれし 苫屋も荒れて うき波に 寄る方もなき あまと知らずや  0745  返し 苫の屋に 波立ち寄らぬ けしきにて あまり住み憂き ほどは見えにき  0746  侍賢門院中納言の局、世を背きて、小倉山の麓に住まれける頃、まかりたりけるに、事柄まことにいうにあはれなりけり。風のけしきさへことに悲しかりければ、書きつけける 山おろす 嵐の音の はげしさを いつならひける 君がすみかぞ  0747  あはれなるすみか訪ひにまかりたりけるに、この歌を見て書きつけける                     同じ院の兵衛の局 うき世をば あらしの風に 誘はれて 家を出でにし すみかとぞ見る  0748  小倉を住み捨てて、高野の麓天野と申す山に住まれけり。同じ院の帥の局、都のほかのすみか訪ひ申さでいかでかとて、分けおはしたりける、ありがたくなん。帰るさに粉河へまゐられけるに、御山より出であひたりけるを、しるべせよとありければ、具し申して粉河へまゐりたりけり。かかるついでは、今はあるまじきことなり。吹上見んといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。さりとては吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社に輿かきすゑて、思ふにも似りけり。能因が「苗代水に堰き下せ」と詠みて、言ひ伝へられたるものをと思ひて、社に書きつけける 天降る 名を吹上の 神ならば 雲晴れ退きて 光あらはせ  0749 苗代に 堰き下されし 天の川 とむるも神の 心なるべし  かく書きつけたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲晴れてうらうらと日になりにけり。末のよなれど、志いたりぬることには、しるしあらたなりけることを人々申しつつ、信おこして、吹上和歌の浦思ふやうに見て帰られにけり  0750  侍賢門院の女房堀河の局許より言ひ送られける この世にて 語らひ置かん ほととぎす 死出の山路の しるべともなれ  0751  返し ほととぎす なくなくこそは 語らはめ 死出の山路に 君しかからば  0752  天王寺へまゐりけるに、雨の降りければ、江口と申す所に宿を借りけるに、貸さざりければ 世の中を いとふまでこそ かたからめ 仮りの宿りを 惜しむ君かな  0753  返し 家を出づる 人とし聞けば 仮りの宿 心とむなと 思ふばかりぞ  0754  ある人世を遁れて、北山寺に籠りゐたりと聞きて、訪ねまかりたりけるに、月のあかかりければ 世を捨てて 谷底にすむ 人見よと 峯の木の間を 分くる月影  0755  ある宮腹につけ仕うまつりける女房、世を背きて、都離れて遠くまからんと思ひ立ちて、まゐらせけるに代りて くやしきは よしなき君に 馴れそめて いとふ都の しのばれぬべき  0756  題知らず さらぬだに 世のはかなさを 思ふ身に 〓なきわたる あけぼのの空  *〓:空+鳥(ぬえ)鵺  0757 鳥辺野を 心のうちに 分け行けば いぶきの露に 袖ぞそぼつる  0758 いつの世に 長きねぶりの 夢さめて おどろくことの あらんとすらん  0759 世の中を 夢と見る見る はかなくも なほおどろかぬ わが心かな  0760 亡き人も あるを思ふも 世の中は ねぶりのうちの 夢とこそ見れ  0761 来し方の 見しよの夢に かはらねば 今も現の 心地やはする  0762 事と無く 今日暮れぬめり 明日もまた 変らずこそは 隙すぐる影  0763 越えぬれば またもこの世に 帰り来ぬ 死出の山こそ 悲しかりけれ  0764 はかなしや あだに命の 露消えて 野辺にわが身や 送り置くらん  0765 露の玉は 消ゆればまたも 置くものを 頼みもなきは わが身なりけり  0766 あればとて 頼まれぬかな 明日はまた 昨日と今日を 言はるべければ  0767 秋の色は 枯野ながらも あるものを 世のはかなさや 浅茅生の露  0768 年月を いかでわが身に おくりけん 昨日の人も 今日はなき世に  0769  范蠡長男の心を 捨てやらで 命をこふる 人はみな 千々の黄金を もて帰るなり  0770  暁無常を つきはてし その入相の ほどなさを この暁に 思ひ知りぬる  0771  寄霞無常を なき人を 霞める空に まがふるは 道を隔つる 心なるべし  0772  花の散りたりけるに並びて咲きはじめける桜を見て 散ると見れば また咲く花の 匂ひにも 後れ先だつ ためしありけり  0773  月前述懐 月を見て いづれの年の 秋までか この世にわれが 契りあるらん  0774  七月十五夜、月明かかりけるに、船岡にまかりて いかでわれ 今宵の月を 身にそへて 死出の山路の 人を照らさん  0775  もの心細くあはれなりける折しも、きりぎりすの声の枕に近く聞えければ その折の 蓬がもとの 枕にも かくこそ虫の 音には睦れめ  0776  鳥辺山にてとかくのわざしける煙なかより、夜更けて出でける月のあはれに見えければ 鳥辺野や 鷲の高嶺の 末ならん 煙を分けて 出づる月影  0777  諸行無常の心を はかなくて 過ぎにし方を 思ふにも 今もさこそは 朝顔の露  0778  同行に侍りける上人、例ならぬこと大事に侍りけるに、月の明かくてあはれなりければ、詠みける もろともに 眺め眺めて 秋の月 ひとりにならん ことぞ悲しき  0779  侍賢門院かくれさせおはしましにける御あとに、人々またの年の御はてまで候はれけるに、南面の花散りける頃、堀河の局の許へ申し送りける たづぬとも 風のつてにも 聞かじかし 花と散りにし 君がゆくへを  0780  返し 吹く風の ゆくへ知らする ものならば 花と散るにも おくれざらまし  0781  近衛院の御墓に人々具してまゐりたりけるに、露の深かりければ みがかれし 玉のすみかを 露深き 野辺にうつして 見るぞ悲しき  0782  一院崩れさせおはしまして、やがての御所へ渡しまゐらせける夜、高野より出であひてまゐりあひたりける、いと悲しかりけり。この、後おはしますべき所御覧じ初めけるそのかみの御供に、右大臣実能、大納言と申しける候はれけり。忍ばせおはしますことにて、また人候はざりけり。その御供に候ひけることの思ひ出でられて、折しも今宵にまゐりあひたる、昔今のこと思ひつづけられて詠みける 今宵こそ 思ひ知らるれ 浅からぬ 君に契りの ある身なりけり  0783  納めまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに 道かはる 御幸悲しき 今宵かな かぎりの旅と 見るにつけても  0784  納めまゐらせて後、御供に候はれける人々、たとへん方なく悲しながら、かぎりあることなれば帰られにけり。はじめたる事ありて、明くるまで候ひて詠める とはばやと 思ひよらでぞ 歎かまし 昔ながらの わが身なりせば  0785  右大将公能父の服のうちに母亡くなりぬと聞きて、高野よりとぶらひ申しける かさね着る 藤の衣を たよりにて 心の色を 染めよとぞ思ふ  0786  返し 藤衣 かさぬる色は 深けれど 浅き心の 染まぬはかなさ  0787  同じ歎きし侍りける人の許へ 君がため 秋はよに憂き 折なれや 去年も今年も もの思ひにて  0788  返し 晴れやらぬ 去年の時雨の うへにまた かきくらさるる 山めぐりかな  0789  母亡くなりて山里に籠りゐたりける人を、程経て思ひ出でて人のとひたりければ、かはりて 思ひ出づる 情を人の 同じくは その折とへな うれしからまし  0790  縁ありける人はかなくなりにけり。とかくのわざに鳥辺山へまかりて帰りけるに かぎりなく 悲しかりけり 鳥辺山 亡きを送りて 帰る心は  0791  親かくれ、頼みたりける婿など失せて、歎きしける人の、また程なく女にさへおくれにけりと聞きて、とぶらひけるに このたびは さきざき見けん 夢よりも 覚めずやものは 悲しかるらん  0792  五十日の果てつ方に、二条院の御墓に御仏供養しける人に具してまゐりたりけるに、月明かくてあはれなりければ こよひ君 死出の山路の 月を見て 雲の上をや 思ひ出づらん  0793  御あとに、三河の内侍候ひけるに、九月十三夜、人にかはりて かくれにし 君が御影の 恋しさに 月にむかひて 音をや泣くらん  0794  返し わが君の 光かくれし 夕より 闇にぞまよふ 月は澄めども  0795  寄紅葉懐旧といふことを、宝金剛院にて詠みける いにしへを 恋ふる涙の 色に似て 袂に散るは 紅葉なりけり  0796  故郷述懐といふことを、常盤の家にて為業詠みけるに、まかりあひて しげき野を 幾ひと群に 分けなして さらに昔を しのびかへさん  0797  十月中の頃、宝金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはします由聞きて、侍賢門院の御時思ひ出でられて、兵衛殿の局にさし置かせける 紅葉見て 君がためとや 時雨るらん 昔の秋の 色をしたひて  0798  返し 色深き 梢を見ても 時雨れつつ ふりにしことを かけぬ日ぞなき  0799  周防内侍、「われさへのきの」と書きつけける古里にて、人々思ひを述べける いにしへは ついゐし宿も あるものを 何をか今日の しるしにはせん  0800  陸奥の国にまかりたりけるに、野の中に常よりもとおぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中将の御墓と申すはこれがことなりと申しければ、中将とは誰がことぞと、また問ひければ、実方の御ことなりと申しける、いと悲しかりけり。さらぬだにものあはれに覚えけるに、霜枯れ枯れの薄ほのぼの見えわたりて、後に語らんも言葉なきやうにおぼえて 朽ちもせぬ その名ばかりを とどめ置きて 枯野の薄 形見にぞ見る  0801  ゆかりなくなりて、住みうかれにける古郷へ帰りゐける人の許へ 住み捨てし その古郷を あらためて 昔にかへる 心地もやする  0802  親におくれて歎きける人を、五十日過ぐるまでとはざりければ、とふべき人のとはぬことをあやしみて、人にたづぬと聞きて、かく思ひて今まで申さざりつる由申して遣はしける人にかはりて なべてみな 君が歎きを とふ数に 思ひなされぬ 言の葉もがな  かく思ひて程経侍りにけりと申して、返事かくなん。  0803  ゆかりにつけてもの思ひける人の許より、などかとはざらんと、恨み遣はしたりける返事に あはれとも 心に思ふ ほどばかり 言はれぬべくは とひこそはせめ  0804  はかなくなりて年経にける人の文を、ものの中より見出だして、女に侍りける人の許へ見せに遣はすとて 涙をや しのばん人は ながすべき あはれに見ゆる 水茎の跡  0805  同行に侍りける上人、終りよく思ふさまなりと聞きて、申し送りける                     寂然 乱れずと 終り聞くこそ うれしけれ さても別れは 慰まねども  0806  返し この世にて また逢ふまじき 悲しさに 勧めし人ぞ 心乱れし  0807  とかくのわざ果てて、後の事ども拾ひて、高野へまゐりて帰りたりけるに                     寂然 入るさには 拾ふ形見も 残りけり 帰る山路の 友はなみだか  0808  返し いかにとも 思ひ分かずぞ 過ぎにける 夢に山路を 行く心地して  0809  侍従大納言入道はかなくなりて、宵暁につとめする僧各々帰りける日、申し送りける 行き散らん 今日の別れを 思ふにも さらに歎きや そふ心地する  0810  返し ふししづむ 身には心の あらばこそ さらに歎きも そふ心地せめ  0811  この歌も返しのほかに具せられたりける たぐひなき 昔の人の 形見には 君をのみこそ 頼みましけれ  0812  返し いにしへの 形見になると 聞くからに いとど露けき 墨染の袖  0813  同じ日、のりつなが許へ遣はしける 亡き跡も 今日まではなほ 残りけるを 明日や別れを そへてしのばん  0814  返し 思へただ 今日の別れの 悲しさに 姿を変へて しのぶ心を  やがてその日、様変へてのち、この返事かく申したりけり。いとあはれなり。  0815  同じ様に世遁れて大原に住み侍りける妹の、はかなくなりにけるあはれとぶらひけるに いかばかり 君思はまし 道に入らで 頼もしからぬ 別れなりせば  0816  返し                     寂然 頼もしき 道には入りて 行きしかど わが身をつめば いかがとぞ思ふ  0817  院の二位の局みまかりける後に、十首歌人々詠みけるに 流れ行く 水に玉なす うたかたの あはれあだなる この世なりけり  0818 消えぬめる もとの雫を 思ふにも 誰かは末の 露の身ならぬ  0819 送りおきて 帰りし野辺の 朝露を 袖に移すは 涙なりけり  0820 船岡の 裾野の塚の 数添へて むかしの人に 君をなしつる  0821 あらぬ世の 別れは今日ぞ 憂かりける 浅茅が原を 見るにつけても  0822 後の世を とへと契りし 言の葉や 忘らるまじき 形見なるべき  0823 後れゐて 涙に沈む ふるさとを 魂のかげにも あはれとや見ん  0824 あとをとふ 道にや君は 入りぬらん 苦しき死出の 山へかからで  0825 名残りさへ ほどなく過ぎば かなし世に 七日の数を 重ねずもがな  0826 あとしのぶ 人にさへまた 別るべき その日をかねて 散る涙かな  0827  後の事ども果てて、散り散りになりけるに、成範、脩憲涙流して、今日にさへまたと申しけるほどに、南面の桜に鶯のなきけるを聞きて詠みける 桜花 散り散りになる 木の下に 名残りを惜しむ うぐひすの声  0828  返し                     少将脩憲 散る花は また来ん春も 咲きぬべし 別れはいつか 巡りあふべき  0829  同じ日、暮れけるままに、雨のかきくらし降りければ あはれしる 空も心の ありければ 涙に雨を そふるなりけり  0830  返し                     院の少納言の局 あはれしる 空にはあらじ わび人の 涙ぞ今日は 雨と降るらん  0831  行き散りて、またの朝遣はしける 今朝いかに 思ひの色の まさるらん 昨日にさへも また別れつつ  0832  返し                     少将脩憲 君にさへ 立ち別れつつ 今日よりぞ 慰む方は げになかりける  0833  兄の入道想空はかなくなりにけるを、とはざりければ言ひ遣はしける                     寂然 とへかしな 別れの袖に 露しげき 蓬がもとの 心細さを  0834 待ちわびぬ 後れ先立つ あはれをも 君ならでさは 誰かとふべき  0835 別れにし 人をふたたび あとを見ば 恨みやせまし とはぬ心を  0836 いかがせん あとのあはれは とはずとも 別れし人の 行方たづねよ  0837 なかなかに とはぬは深き 方もあらん 心浅くも 恨みつるかな  0838  返し 分け入りて 蓬が露を こぼさじと 思ふも人を とふにあらずや  0839 よそに思ふ 別れならねば 誰をかは 身よりほかには とふべかりける  0840 隔てなき 法の言葉に たより得て 蓮の露に あはれかくらん  0841 亡き人を しのぶ思ひの 慰まば あとをも千度 とひこそはせめ  0842 御法をば 言葉なけれど 説くと聞けば 深きあはれは とはでこそ思へ  0843  これは具して遣はしける 露深き 野辺になりゆく ふるさとは 思ひやるにも 袖しをれけり  0844  無常の歌あまた詠みける中に いづくにか 眠り眠りて たふれ伏さん と思ふ悲しき 道芝の露  0845 おどろかんと 思ふ心の あらばやは 長き眠りの 夢も覚むべき  0846 風荒き 磯にかかれる 蜑人は つながぬ舟の 心地こそすれ  0847 大波に 引かれ出でたる 心地して 助け舟なき 沖に揺らるる  0848 なきあとを 誰と知らねど 鳥辺山 おのおのすごき 塚の夕暮  0849 波高き 世を漕ぎ漕ぎて 人はみな 船岡山を とまりにぞする  0850 死にて伏さん 苔の筵を 思ふより かねて知らるる 岩陰の露  0851 露と消えば 蓮台野にを 送りおけ 願ふ心を 名にあらはさん  0852  那智に籠りて滝に入堂し侍りけるに、この上に一二の滝おはします。それへまゐるなりと申す常住の僧の侍りけるに、具してまゐりけり。花や咲きぬらんとたづねまほしかりける折節にて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の滝のもとへまゐりつきたる。如意輪の滝となん申すと聞きて、拝みければ、まことに少しうち傾きたるやうに流れ下りて、尊く覚えけり。花山院の御庵室の跡の侍りける前に、年旧りたりける桜の木の侍りけるを見て、「すみかとすれば」と詠ませ給ひけんこと思ひ出でられて 木のもとに すみけるあとを 見つるかな 那智の高嶺の 花を尋ねて  0853  同行に侍りける上人、月の頃天王寺に籠りたりと聞きて言ひ遣はしける いとどいかに 西へかたぶく 月影を 常よりもけに 君慕ふらん  0854  堀河の局仁和寺に住みけるに、まゐるべき由申したりけれども、まぎるることありて程経にけり。月の頃、前を過ぎけるを聞きて言ひ送りける 西へ行く しるべとたのむ 月影の そらだのめこそ かひなかりけれ  0855  返し さし入らで 雲路をよぎし 月影は 待たぬ心ぞ 空に見えける  0856  寂超入道談義すと聞きて遣はしける 弘むらん 法にはあはぬ 身なりとも 名を聞く数に 入らざらめやは  0857  返し つたへ聞く 流れなりとも 法の水 汲む人からや 深くなるらん  0858  定信の入道観音寺に堂造るに、結縁すべき由申し遣はすとて                     観音寺入道生光 寺造る このわが谷に 土埋めよ 君ばかりこそ 山も崩さめ  0859  返し 山崩す そのちからねは 難くとも 心だくみを 添へこそはせめ  0860  阿闍梨勝命千人集めて法華経結縁せさせけるに、またの日遣はしける つらなりし 昔につゆも 変らじと 思ひ知られし 法の庭かな  0861  人に代りて、これも遣はしける いにしへに 洩れけんことの 悲しさは 昨日の庭に 心ゆきにき  0862  六波羅太政入道持経者千人集めて、津の国和田と申す所にて供養侍りけり。やがてそのついでに万燈会しけり。夜更くるままに、燈火の消えけるを、各々点 しつぎけるを見て 消えぬべき 法の光の 燈火を かかぐる和田の 泊なりけり  0863  天王寺へまゐりて、亀井の水を見て詠みける あさからぬ 契りのほどぞ 汲まれぬる 亀井の水に 影うつしつつ  0864  こころざすことありて、扇を仏にまゐらせけるに、院より賜はりけるに、女房うけたまはりて、包紙に書きつけられける ありがたき 法にあふぎの 風ならば 心の塵を 払へとぞ思ふ  0865  御返事奉りける ちりばかり 疑ふ心 なからなん 法をあふぎて 頼むとならば  0866  心性定まらずといふことを題にて、人々詠みけるに 雲雀たつ 荒野に生ふる ひめゆりの 何につくとも なき心かな  0867  懺悔業障といふことを まどひつつ 過ぎける方の 悔しさに 泣く泣く身をぞ 今日はうらむる  0868  遇教待龍花といふことを 朝日待つ ほどは闇にや 迷はまし 有明の月の 影なかりせば  0869  寄藤花述懐 西を待つ 心に藤を かけてこそ その紫の 雲を思はめ  0870  見月思西といふことを 山の端に 隠るる月を ながむれば われと心の 西に入るかな  0871  暁念仏といふことを 夢さむる 鐘の響きに うち添へて 十度の御名を となへつるかな  0872  易往無人の文の心を 西へ行く 月をやよそに 思ふらん 心に入らぬ 人のためには  0873  人命不停速於山水の文の心を 山川の みなぎる水の 音聞けば 迫むる命ぞ 思ひ知らるる  0874  菩提心論に乃至身命而不悋惜の文を あだならぬ やがて悟りに 返りけり 人のためにも 捨つる命は  0875  疏の文に悟心証心々 まどひ来て 悟り得べくも なかりつる 心を知るは 心なりけり  0876  観心 闇晴れて 心の空に すむ月は 西の山辺や 近くなるらん  0877  序品 散りまがふ 花の匂ひを 先立てて 光を法の むしろにぞ敷く  0878 花の香を つらなる袖に 吹き染めて 悟れと風の 散らすなりけり  0879  深着五欲の文 懲りもせず うき世の闇に まがふかな 身を思はぬは 心なりけり  0880  譬喩品 のり知らぬ 人をぞ今日は うしと見る 三つの車に 心かけねば  0881  はかなくなりにける人のあとに、五十日のうちに一品経供養しけるに、化城喩品 やすむべき 宿を思へば 中空の 旅もなににか 苦しかるべき  0882  五百弟子品 おのづから 清き心に 磨かれて 玉解きかくる 法を知りぬる  0883  提婆品 いさぎよき 玉を心に 磨き出でて いはけなき身に 悟りをぞ得し  0884 これやさは 年積るまで こりつめし 法にあふこの 薪なりける  0885 いかにして 聞くことのかく やすからん あだに思ひて 得ける法かは  0886  勧持品 あま雲の 晴るるみ空の 月影に うらみ慰む をばすての山  0887 いかにして うらみし袖に 宿りけん 出で難く見し 有明の月  0888  寿量品 鷲の山 月を入りぬと 見る人は 暗きに迷ふ 心なりけり  0889 悟り得し 心の月の あらはれて 鷲の高嶺に すむにぞありける  0890  亡き人のあとに一品経供養しけるに、寿量品を人にかはりて 雲晴るる 鷲のみ山の 月影を 心澄みてや 君ながむらん  0891  一心欲見仏の文を人々詠みけるに 鷲の山 誰かは月を 見ざるべき 心にかかる 雲し晴れなば  0892  神力品 行末の ためにと説かぬ 法ならば なにかわが身に 頼みあらまし  0893  普賢品 散り敷きし 花の匂ひの 名残り多み 立たま憂かりし 法の庭かな  0894  心経 なにごとも 空しき法の 心にて 罪ある身とは つゆも思はじ  0895  無上菩提の心を詠みける 鷲の山 うへ暗からぬ 嶺なれば あたりを払ふ 有明の月  0896  和光同塵結縁始といふことを いかなれば 塵にまじりて ますかがみ つかふる人は きよまはるらん  0897  六道歌詠みけるに、地獄 罪人の しぬる世もなく 燃ゆる火の 薪なるらん ことぞ悲しき  0898  餓鬼 朝夕の 子をやしなひに すと聞けば くにすぐれても 悲しかるらん  0899  畜生 神楽歌に 草取り飼ふは いたけれど なほその駒に なることは憂し  0900  修羅 よしなしな 争ふことを たてにして いかりをのみも 結ぶ心は  0901  人 ありがたき 人になりける かひ有りて 悟り求むる 心あらなん  0902  天 雲の上の 楽しみとても かひぞなき さてしもやがて 住みし果てねば  0903  心に思ひけることを 濁りたる 心の水の すくなきに なにかは月の 影宿るべき  0904 いかでわれ 清く曇らぬ 身になりて 心の月の 影を磨かん  0905 逃れなく つひに行くべき 道をさは 知らではいかが 過ぐべかりける  0906 愚かなる 心にのみや まかすべき 師となることも あるなるものを  0907 野に立てる 枝なき木にも おとりけり 後の世知らぬ 人の心は  0908  五首述懐 身の憂さを 思ひ知らでや やみなまし 背く習ひの なき世なりせば  0909 いづくにか 身を隠さまし 厭ひても 憂き世に深き 山なかりせば  0910 身の憂さの 隠家にせん 山里は 心ありてぞ 住むべかりける  0911 あはれ知る 涙の露ぞ こぼれける 草の庵を むすぶ契りは  0912 うかれ出づる 心は身にも かなはねば いかなりとても いかにかはせん  0913  高野より京なる人に遣はしける すむことは 所がらぞと いひながら 高野はものの あはれなるかな  0914  仁和寺御室にて、道心逐年深といふことを詠まさせ給ひけるに 浅く出でし 心の水や たたふらん すみゆくままに 深くなるかな  0915  閑中暁 嵐のみ ときどき窓に おとづれて 明けぬる空の 名残りをぞ思ふ  0916  ことのほかに荒れ寒かりける頃、宮の法印高野に籠らせ給ひて、この程の寒さはいかがとて、小袖給はせたりけるまたのあした申しける 今宵こそ あはれみ厚き 心地して 嵐の音を よそに聞きつれ  0917  みたけより笙のいはやへまゐりけるに、「もらぬいはやも」とありけん折思ひ出でられて 露もらぬ いはやも袖は 濡れけりと 聞かずばいかが 怪しからまし  0918  小篠の泊と申す所にて、露のしげかりければ 分け来つる 小篠の露に そぼちつつ 干しぞわづらふ 墨染の袖  0919  阿闍梨源賢、世を遁れて高野に住み侍りける、あからさまに仁和寺へ出でて、帰りも参らぬことにて、僧都になりぬと聞きて、いひ遣はしける 袈裟の色や 若紫に 染めてける 苔の袂を 思ひかへして  0920  秋頃、風わづらひける人をとぶらひたりける返事に 消えぬべき 露の命も 君がとふ 言の葉にこそ おきゐられけれ  0921  返し 吹き過ぐる 風しやみなば たのもしみ 秋の野も狭の 露の白玉  0922  院の小侍従、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴の手弾きならしけるを聞きて 琴の音に 涙を添へて ながすかな 絶えなましかばと 思ふあはれに  0923  返し 頼むべき こともなき身を 今日までも 何にかかれる 玉の緒ならん  0924  風わづらひて山寺に帰りけるに、人々とぶらひて、よろしくなりなばまた疾く、と申し侍りけるに、各々のこころざしを思ひて さだめなし 風わづらはぬ 折だにも また来んことを たのむべき世か  0925 あだに散る 木の葉につけて 思ふかな 風さそふめる 露の命を  0926 我なくば この里人や 秋深き 露を袂に かけてしのばん  0927 さまざまに あはれ多かる 別れかな 心を君が 宿にとどめて  0928 帰れども 人の情に したはれて 心は身にも 添はずなりぬる  返しどもありけり、聞き及ばぬは書かず  0929  新院、歌集めさせおはしますと聞きて、常盤に為忠が歌の侍りけるを、書き集めてまゐらせけるを、大原より見せに遣はすとて                     寂超 もろともに 散る言の葉を かくほどに やがても袖の そぼちぬるかな  0930  返し 年経れど 朽ちぬときはの 言の葉を さぞしのぶらん 大原の里  0931  寂超、為忠が歌にわが歌書き具し、また弟の寂然が歌など取り具して、新院へまゐらせけるを、人にとり伝へてまゐらせさせけりと聞きて、兄に侍りける想空がもとより 家の風 伝ふばかりは なけれども などか散らさぬ 無げの言の葉  0932  返し 家の風 むねと吹くべき 木の下は 今散りなんと 思ふ言の葉  0933  新院百首歌召しけるに、奉るとて、右大将公能のもとより見せに遣はしたりける、返し申すとて 家の風 吹き伝へける かひありて 散る言の葉の めづらしきかな  0934  返し 家の風 吹き伝ふとも 和歌の浦に かひある言の 葉にてこそ知れ  0935  題しらず 木枯に 木の葉の落つる 山里は 涙こそさへ もろくなりけれ  0936 峯わたる 嵐はげしき 山里に 添へて聞ゆる 滝川の水  0937 とふ人も 思ひ絶えたる 山里の さびしさなくば 住み憂からまし  0938 暁の 嵐にたぐふ 鐘の音を 心のそこに こたへてぞ聞く  0939 待たれつる 入相の鐘の 音すなり 明日もやあらば 聞かんとすらん  0940 松風の 音あはれなる 山里に さびしさ添ふる ひぐらしの声  0941 谷の間に ひとりぞ松も 立てりける われのみ友は なきかと思へば  0942 入日さす 山のあなたは 知らねども 心をかねて 送りおきつる  0943 なにとなく 汲むたびに澄む 心かな 岩井の水に 影うつしつつ  0944 水の音は さびしき庵の 友なれや 峯の嵐の 絶え間絶え間に  0945 鶉ふす 刈田のひつぢ 生ひ出でて ほのかに照らす 三日月の影  0946 嵐越す 峯の木の間を 分け来つつ 谷の清水に 宿る月影  0947 濁るべき 岩井の水に あらねども 汲まば宿れる 月やさわがん  0948 ひとり住む 庵に月の さしこずば なにか山辺の 友にならまし  0949 たづね来て 言問ふ人の なき宿に 木の間の月の 影ぞさしくる  0950 柴の庵は 住み憂きことも あらましを ともなふ月の 影なかりせば  0951 かげ消えて 端山の月は 洩りもこず 谷は梢の 雪と見えつつ  0952 雲にただ 今宵の月を まかせてん 厭ふとてしも 晴れぬものゆゑ  0953 月を見る ほかもさこそは 厭ふらめ 雲ただ此処の 空に漂へ  0954 晴れ間なく 雲こそ空に 満ちにけれ 月見ることは 思ひ絶えなん  0955 濡るれども 雨洩る宿の うれしきは 入り来ん月を 思ふなりけり  0956 分け入りて 誰かは人を たづぬべき 岩かげ草の しげる山路を  0957 山里は 谷の筧の 絶え絶えに みづこひどりの 声聞ゆなり  0958 番はねど うつればかげを 友として 鴛鴦住みけりな 山川の水  0959 つらならで 風に乱れて 鳴く雁の しどろに声の 聞ゆなるかな  0960 晴れがたき 山路の雲に 埋もれて 苔の袂は 霧朽ちにけり  0961 葛這ふ 端山は下も しげければ 住む人いかに 木暗かるらん  0962 熊の住む 苔の岩山 おそろしみ むべなりけりな 人も通はぬ  0963 音はせで 岩にたばしる 霰こそ 蓬の窓の 友となりけれ  0964 あはれにぞ ものめかしくは 聞えける 枯れたる楢 の柴の落葉は  0965 柴囲ふ 庵のうちは 旅だちて すどほる風も とまらざりけり  0966 谷風は 戸を吹きあけて 入るものを なにと嵐の 窓たたくらん  0967 春あさき すずの籬に 風さえて まだ雪消えぬ 信楽のさと  0968 水脈よどむ 天の川岸 波立たで 月をば見るや さへさみの神  0969 光をば 曇らぬ月ぞ みがきける 稲葉にかかる 朝日子の玉  0970 磐余野の 萩が絶え間の ひまひまに 児手柏の 花咲きにけり  0971 衣手に うつりし花の 色かれて 袖ほころぶる 萩が花摺  0972 小笹原 葉末の露は 玉に似て 石なき山を 行くここちする  0973 まさき割る ひなの匠や 出でぬらん 村雨過ぐる 笠取の山  0974 河合や 真木の裾山 石立てて 杣人いかに 涼しかるらん  0975 雪解くる しみみに拉く かざさきの 道行きにくき 足柄の山  0976 嶺渡しに しるしのさをや 立てつらん 木挽待ちつる 越のなか山  0977 雲取や 志古の山路は さておきて 小口が原の さびしからぬか  0978 ふもと行く 舟人いかに 寒からん くま山岳を おろす嵐に  0979 折りかくる 波の立つかと 見ゆるかな さすがに来ゐる 鷺のむら鳥  0980 わづらはで 月には夜も 通ひけり となりへつたふ 畦の細道  0981 荒れにける 沢田の畦に くらら生ひて 秋待つべくも なきわたりかな  0982 伝ひくる 打樋を絶えず まかすれば 山田は水も 思はざりけり  0983 身にしみし 荻の音には かはれども しぶく風こそ げにはもの憂き  0984 小芹摘む 沢のこほりの ひまたえて 春めきそむる 桜井の里  0985 来る春は 峯に霞を さきだてて 谷の筧を 伝ふなりけり  0986 春になる 桜の枝は なにとなく 花なけれども むつまじきかな  0987 空わたる 雲なりけりな 吉野山 花もてわたる 風と見たれば  0988 さらにまた 霞に暮るる 山路かな 春をたづぬる 花の曙  0989 雲もかかれ 花とを春は 見て過ぎん いづれの山も あだに思はで  0990 雲かかる 山見ばわれも 思ひ出でに 花ゆゑなれし むつび忘れず  0991 山深み 霞こめたる 柴の庵に 言問ふものは うぐひすの声  0992 うぐひすは ゐなかの谷の 巣なれども だびたる音をば 鳴かぬなりけり  0993 うぐひすの 声に悟りを 得べきかは 聞くうれしきも はかなかりけり  0994 過ぎて行く 羽風なつかし うぐひすの なづさひけりな 梅の立枝に  0995 山もなき 海のおもてに たなびきて 波の花にも まがふ白雲  0996 同じくは 月のをり咲け 山桜 花見る夜半の 絶え間あらせじ  0997 ふるはたの 岨の立つ木に ゐる鳩の 友呼ぶ声の すごき夕暮  0998 波に漬きて 磯回にいます 荒神は 潮踏む巫覡を 待つにやあるらん  0999 潮風に 伊勢の浜荻 伏せばまづ ほずゑに波の あらたむるかな  1000 荒磯の 波に磯馴れて 這ふ松は みさごのゐるぞ たよりなりける  1001 浦近み 枯れたる松の こずゑには 波の音をや 風は借るらん  1002 淡路島 瀬戸のなごろは 高くとも このしほにだに おし渡らばや  1003 潮路行く かこみの艫艪 心せよ また渦早き 瀬戸わたるほど  1004 磯にをる 波の険しく 見ゆるかな 沖になごろや 高く行くらん  1005 おぼつかな 伊吹颪の かざさきに 朝妻舟は あひやしぬらん  1006 榑舟よ 朝妻わたり 今朝なせそ 伊吹の嶽に 雪しまくめり  1007 近江路や 野路の旅人 いそがなん 野州が原とて 遠からぬかは  1008 さと人の 大幣小弊 立て並めて 馬形結ぶ 野辺になりけり  1009 いたけもる あまみが時に なりにけり えぞかけしまを 煙こめたり  1010 もののふの 馴らすすさみは 面立たし あちその退り 鴨の入首  1011 陸奥の おくゆかしくぞ おもほゆる 壺のいしぶみ 外の浜風  1012 あさかへる かりゐうなこの むらともは 原のをか山 越えやしぬらん  1013 すがる臥す 木ぐれが下の 葛まきを 吹き裏がへす 秋の初風  1014 もろ声に もりがきみがぞ 聞ゆなる 言ひ合はせてや 妻を恋ふらん  1015 すみれ咲く 横野の茅花 咲きぬれば 思ひ思ひに 人通ふなり  1016 くれなゐの 色なりながら 蓼の穂の からしや人の 眼にも立てぬは  1017 蓬生は さまことなりや 庭の面に からすあふぎの なぞ茂るらん  1018 刈り残す みづの真菰に 隠ろへて かげもち顔に 鳴くかはづかな  1019 やなぎ原 川風吹かぬ かげならば 暑くや蝉の 声にならまし  1020 ひさぎ生ひて 涼めとなれる 蔭なれや 波うつ岸に 風わたりつつ  1021 月のため 水銹すゑじと 思ひしに 緑にも敷く 池の浮草  1022 思ふこと 御生の標に 引く鈴の かなはずばよも ならじとぞ思ふ  1023 み熊野の 浜木綿生ふる うらさびて 人なみなみに 年ぞ重なる  1024 石上 ふるき住家へ 分け入れば 庭の浅茅に 露のこぼるる  1025 とをちさす ひたのおもてに ひく潮に 沈む心ぞ かなしかりける  1026 ませに咲く 花に睦れて 飛ぶ蝶の うらやましくも はかなかりけり  1027 うつり行く 色をば知らず 言の葉の 名さへあだなる 露草の花  1028 風吹けば あだに破れゆく 芭蕉葉の あればと身をも たのむべきかは  1029 ふるさとの 蓬は宿の 何なれば 荒れゆく庭に まづ茂るらん  1030 ふるさとは 見し世にも似ず 褪せにけり いづち昔の 人往きにけん  1031 しぐるれば 山巡りする 心かな いつまでとのみ うちしをれつつ  1032 はらはらと 落つる涙ぞ あはれなる たまらずものの 悲しかるべし  1033 なにとなく 芹と聞くこそ あはれなれ 摘みけん人の 心知られて  1034 やま人よ 吉野の奥の しるべせよ 花もたづねん また思ひあり  1035 わび人の 涙に似たる 桜かな 風身にしめば まづこぼれつつ  1036 吉野山 やがて出でじと 思ふ身を 花散りなばと 人や待つらん  1037 人も来ず 心も散らで 山かげは 花を見るにも たよりありけり  1038 風の音に もの思ふわれか 色染めて 身にしみわたる 秋の夕暮  1039 われなれや 風をわづらふ 篠竹は おきふしものの 心細くて  1040 来ん世にも かかる月をし 見るべくば 命を惜しむ 人なからまし  1041 この世にて ながめられぬる 月なれば 迷はん闇も 照らさざらめや  Subtitle  雑下  1042  八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。由あるやうなる家の侍りけるに、もの音のしければ、立ちどまりて聞きけり。折あはれに秋風楽と申す楽なりけり。庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れる気色あはれなり。添ひたる荻の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りける 秋風の ことに身にしむ 今宵かな 月さへすめる 庭のけしきに  1043  泉の主隠れて、あと伝へたりける人の許にまかりて、泉にむかひて旧きを思ふといふことを、人々詠みけるに すむ人の 心汲まるる 泉かな 昔をいかに 思ひ出づらん  1044  逢友恋昔といふことも 今よりは 昔語りは 心せん あやしきまでに 袖しをれけり  1045  秋の末に、寂然高野にまゐりて、暮の秋に寄せて思ひを述べけるに 馴れ来にし 都もうとく なり果てて 悲しさ添ふる 秋の暮かな  1046  相知りたりける人の、みちの国へまかりけるに、別れの歌詠みけるに 君往なば 月待つとても ながめやらん 東のかたの 夕暮の空  1047  大原に良暹が住みける所に、人々まかりて、述懐歌詠みて、妻戸に書き付けける 大原や まだ炭竈も ならはずと 言ひけん人を 今あらせばや  1048  大覚寺の滝殿の石ども、閑院に移されて、跡も無くなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が「今だにかかり」と詠みけん思ひ出でられて、あはれにおぼえければ 今だにも かかりと言ひし 滝つ瀬の その折までは 昔なりけん  1049  深夜水声といふことを、高野にて人々詠みけるに まぎれつる 窓の嵐の 声とめて 更くるを告ぐる 水の音かな  1050  竹風驚夢 玉みがく 露ぞ枕に 散りかかる 夢おどろかす 竹のあらしに  1051  山家夕といふことを、人々詠みけるに 峯おろす 松の嵐の 音にまた ひびきを添ふる 入相の鐘  1052  暮山路 夕されや 桧原の峯を 越え行けば すごく聞ゆる 山鳩の声  1053  海辺重旅宿 波近き 磯の松が根 枕にて うらがなしきは 今宵のみかは  1054  俊恵天王寺に籠りて、人々具して住吉にまゐりて、歌詠みけるに具して 住吉の 松が根あらふ 波の音を こずゑに懸くる 沖つ潮風  1055  寂然高野にまゐりて、たちかへりて、大原より遣はしける 隔て来し その年月も あるものを 名残りおほかる 峯の秋霧  1056  返し したはれし 名残りをこそは ながめつれ たちかへりにし 峯の秋霧  1057  常よりも道辿らるるほどに雪深かりける頃、高野へまゐると聞きて、中宮大夫の許より、かかる雪にはいかに思ひ立つぞ、都へはいつ出づべきぞ、と申したりける返事に 雪分けて 深き山路に 籠りなば 年かへりてや 君に逢ふべき  1058  返し 分けて行く 山路の雪は 深くとも 疾くたち帰れ 年にたぐへて  1059  山ごもりして侍りけるに、年をこめて春になりぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日ごろにも似ず聞えければ 霞めども 年の内はと 分かぬまに 春を告ぐなる 山河の水  1060  年の内に春立ちて、雨の降りければ 春としも なほ思はれぬ 心かな 雨ふる年の ここちのみして  1061  野に人のあまた侍りけるを、何する人にかと問ひければ、菜摘む者なりと答へければ、年の内にたちかはる春のしるしの若菜か、さは、と思ひて詠める 年ははや 月なみかけて 越えにけり むべつみ延へし しばの若立  1062  春立つ日詠みける なにとなく 春になりぬと 聞く日より 心にかかる み吉野の山  1063  正月元日に雨降りけるに いつしかも 初春雨ぞ 降りにける 野辺の若菜も 生ひやしぬらん  1064  山深く住み侍りける、春立ちぬと聞きて 山路こそ 雪の下水 解けざらめ 都の空は 春めきぬらん  1065  深山不知春 雪分けて 外山が谷の 鶯は 麓の里に 春や告ぐらん  1066  嵯峨にまかりたりけるに、雪深かりけるを見おきて出でし、となど申し遣はすとて おぼつかな 春の日数の ふるままに 嵯峨野の雪は 消えやしぬらん  1067  返し                     静忍法師 たちかへり 君や訪ひ来と 待つほどに まだ消えやらず 野辺の淡雪  1068  鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に声のしければ おもひ果てて 古巣に帰る 鶯は 旅のねぐらや 住み憂かりつる  1069  春の月明かかりけるに、花まだしき桜の枝を、風の揺がしけるを見て 月見れば 風に桜の 枝なえて 花よと告ぐる 心地こそすれ  1070  国々巡り回りて、春帰りて、吉野の方へまゐらんとしけるに、人の、このほどは何処にか跡とむべきと申しければ 花を見し 昔の心 あらためて 吉野の里に 住まんとぞ思ふ  1071  みやたてと申しける端者の、とし高くなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて、吉野に住み侍りけり。思ひかけぬやうなれども、供養をのべん料にとて、くだものを遣はしたりけるに、花と申すものの侍りけるを見て遣はしける 思ひつつ 花のくだもの つみてけり 吉野の人の みやたてにして  1072  かへし                     みやたて こころざし 深くはこべる みやたてを さとりひらけん 春にたぐへよ  1073  桜に並びて立てりける柳に、花の散りかかりけるを見て 吹きみだる 風になびくと 見るほどに 春をむすべる 青柳の糸  1074  寂然、紅葉の盛りに高野にまゐりて出でにけり。またの年の花の折に申し遣はしける 紅葉見し 高野の峯の 花ざかり たのめぬ人の 待たるるやなに  1075  かへし                     寂然 ともに見し 峯の紅葉の かひなれや 花のをりにも 思ひ出でける  1076  天王寺へまゐりたりけるに、松に鷺の居たりけるを、月の光に見て詠める 庭よりは 鷺ゐる松の こずゑにぞ 雪は積もれる 夏の夜の月  1077  夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所に涼みて、下向しける人につけて、京へ、西住上人の許へ遣はしける 松が根の 岩田の岸の 夕涼み 君があれなと おもほゆるかな  1078  葛城を過ぎ侍りけるに、をりにもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、まさきなりと申しけるを聞きて かづらきや まさきの色は 秋に似て よそのこずゑは 緑なるかな  1079  高野より出でたりけるに、覚堅阿闍梨聞かぬさまなりければ、菊を遣はすとて 汲みてなど 心通はば とはざらん 出でたるものを きくの下水  1080  返し                     覚堅 谷深く すむかと思ひて とはぬまに 恨みをむすぶ 菊の下水  1081  旅まかりけるに、入相を聞きて 思へただ 暮れぬと聞きし 鐘の音は 都にてだに 悲しかりしを  1082  秋、遠く修行し侍りけるに、ほど経ける所より、侍従大納言成通の許へ申し送りける あらし吹く 峯の木の葉に ともなひて いづち浮かるる 心なるらん  1083  返し なにとなく 落つる木の葉も 吹く風に 散りゆく方は 知られやはせぬ  1084  宮の法印、高野に籠らせ給ひて、おぼろけにては出でじと思ふに、修行のせまほしき由語らせ給ひけり。千日果てて、御嶽にまゐらせ給ひて、言ひ遣はしける あくがれし 心を道の しるべにて 雲にともなふ 身とぞなりぬる  1085  返し 山の端に 月すむまじと 知られにき 心の空に なると見しより  1086  年頃申しなれたりける人に、遠く修行する由申してまかりたりけり。名残り多くてたちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて、待ちつる甲斐なく、いかに、と申しければ、木の下に立ち寄りて詠みける 心をば 深き紅葉の 色に染めて 別れて行くや 散るになるらん  1087  駿河の国久能の山寺にて、月を見て詠みける 涙のみ かきくらさるる 旅なれや さやかに見よと 月は澄めども  1088  題知らず 身にもしみ ものあはれなる けしきさへ あはれを責むる 風の音かな  1089 いかでかは 音に心の 澄まざらん 草木もなびく 嵐なりけり  1090 松風は いつもときはに 身にしめど わきて寂しき 夕暮の空  1091  遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、遠行の別れといふことを、人々詣で来て詠み侍りしに ほど経れば 同じ都の 内だにも おぼつかなさは 問はまほしきを  1092  年久しく相たのみたりける同行に離れて、遠く修行して、帰らずもや、と思ひける、何となくあはれにて さだめなし 幾年君に 馴れ馴れて 別れを今日は 思ふなるらん  1093  年頃聞きわたりける人に、初めて対面申して帰りける朝に 別るとも 馴るる思ひや 重ねまし 過ぎにし方の 今宵なりせば  1094  修行して、伊勢にまかりけるに、月の頃、都思ひ出でられて 都にも 旅なる月の 影をこそ 同じ雲居の 空に見るらめ  1095  そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに、世を遁れて後も、賀茂にまゐりけり。とし高くなりて、四国の方へ修行しけるに、また帰りまゐらぬこともやとて、仁安二年十月十日の夜まゐり、幣まゐらせけり。内へも入らぬことなれば、棚尾の社にとりつきて、まゐらせ給へとて、心ざしけるに、木の間の月ほのぼのに、常よりも神さび、あはれにおぼえて、詠みける かしこまる 四手に涙の かかるかな またいつかはと 思ふあはれに  1096  播磨の書写へまゐるとて、野中の清水を見けること、一昔になりにけり。年経て後、修行すとて通りけるに、同じ様にて変らざりければ 昔見し 野中の清水 かはらねば わが影をもや 思ひ出づらん  1097  四国の方へ具してまかりたりける同行、都へ帰りけるに 帰り行く 人の心を 思ふにも 離れ難きは 都なりけり  1098  ひとり見おきて帰りまかりなんずるこそ、あはれに、いつか都へは帰るべき、など申しければ 柴の庵の しばし都へ 帰らじと 思はんだにも あはれなるべし  1099  旅の歌詠みけるに 草枕 旅なる袖に 置く露を 都の人や 夢に見ゆらん  1100 越え来つる 都隔つる 山さへに はては霞に 消えぬめるかな  1101 わたの原 遙かに波を 隔て来て 都に出でし 月を見るかは  1102 わたの原 波にも月は 隠れけり 都の山を 何いとひけん  1103  西の国の方へ修行してまかり侍りけるに、美豆野と申す所に、具しならひたる同行の侍りけるが、親しき者の例ならぬこと侍るとて、具せざりければ 山城の 美豆のみ草に つながれて 駒もの憂げに 見ゆる旅かな  1104  大峰の深仙と申す所にて、月を見て詠みける 深き山に すみける月を 見ざりせば 思ひ出もなき わが身ならまし  1105 峯の上も 同じ月こそ 照らすらめ 所柄なる あはれなるべし  1106 月澄めば 谷にぞ雲は しづむめる 峯吹きはらふ 風に敷かれて  1107  をばすての峯と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月異に見えければ をばすては 信濃ならねど 何処にも 月澄む峯の 名にこそありけれ  1108  小池と申す宿にて いかにして こずゑの隙もを 求め得て 小池に今宵 月のすむらん  1109  篠の宿にて 庵さす 草の枕に ともなひて 篠の露にも 宿る月かな  1110  平地と申す宿にて、月を見けるに、こずゑの露の袂にかかりければ こずゑ洩る 月もあはれを 思ふべし 光に具して 露のこぼるる  1111  東屋と申す所にて、時雨の後、月を見て 神無月 時雨晴るれば 東屋の 峯にぞ月は むねとすみける  1112 神無月 谷にぞ雲は 時雨るめる 月澄む峯は 秋にかはらで  1113  古屋と申す宿にて 神無月 時雨ふるやに 澄む月は 曇らぬ影も たのまれぬかな  1114  平等院の名書かれたる卒塔婆に、紅葉の散りかかりけるを見て、「花よりほかの」とありける、ひとむかしとあはれにおぼえて詠める あはれとて 花見し峯に 名を留めて 紅葉ぞ今日は 共にふりける  1115  千種の嶽にて 分けて行く 色のみならず こずゑさへ 千種の嶽は 心染みけり  1116  蟻の門渡りと申す所にて 笹深み 霧越す岫を 朝立ちて なびきわづらふ 蟻の門渡り  1117  行者還・稚児泊、続きたる宿なり。春の山伏は屏風立と申す所を平らかに過ぎんことをただ思ひて、行者・稚児泊にて、思ひわづらふなるべし 屏風にや 心を立てて 思ひけん 行者は還り 稚児は泊りぬ  1118  三重の滝を拝みけるに、ことに尊くおぼえて、三業の罪もすすがるる心地しければ 身に積る 言葉の罪も 洗はれて 心澄みぬる 三重の滝  1119  転法輪の岳と申す所にて、釈迦の説法の座の石と申す所拝みて 此処こそは 法説かれける 所よと 聞く悟りをも 得つる今日かな  1120  修行して、遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやうなることの侍りければ よしさらば 幾重ともなく 山越えて やがても人に 隔てられなん  1121  思はずなること思ひ立つ由、聞えける人の許へ、高野より言ひ遣はしける 枝折せじ なほ山深く 分け入らん 憂きこと聞かぬ 所ありやと  1122  塩湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日に、さきに上りければ、遣はしける人に代りて 秋は暮れ 君は都へ 帰りなば あはれなるべき 旅の空かな  1123  返し                     大宮の女房加賀 君をおきて 立ち出づる空の 露けさに 秋さへ暮るる 旅の悲しさ  1124  塩湯出でて、京へ帰りまで来て、故郷の花霜枯れける、あはれなりけり。急ぎ帰りし人の許へ、また代りて 露置きし 庭の小萩も 枯れにけり いづら都に 秋留まるらん  1125  かへし                     おなじ人 慕ふ秋は 露も留まらぬ 都へと などて急ぎし 舟出なるらん  1126  みちの国へ修行してまかりけるに、白川の関に留まりて、所柄にや、常よりも月おもしろくあはれにて、能因が「秋風ぞ吹く」と申しけん折、何時なりけんと思ひ出でられて、名残り多くおぼえければ、関屋の柱に書きつけける 白川の 関屋を月の もる影は 人の心を 留むるなりけり  1127  関に入りて、信夫と申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。都出でし日数思ひ続けられて、「霞とともに」と侍ることの跡、辿りまで来にける心一つに思ひ知られて詠みける 都出でて 逢坂越えし をりまでは 心かすめし 白川の関  1128  武隈の松も昔になりたりけれども、跡をだにとて見にまかりて詠みける 枯れにける 松なき跡の 武隈は みきと言ひても かひなかるべし  1129  旧りたる棚橋を紅葉の埋みたりける、渡りにくくて、やすらはれて、人に尋ねければ、おもはくの橋と申すはこれなりと申しけるを聞きて 踏まま憂き 紅葉の錦 散りしきて 人も通はぬ おもはくの橋  信夫の里より奥へ二日ばかり入りてある橋なり  1130  名取河を渡りけるに、岸の紅葉の影を見て 名取河 岸の紅葉の うつる影は おなじ錦を 底にさへ敷く  1131  十月十二日、平泉にまかり着きたりけるに、雪降り、嵐激しく、ことの外に荒れたりけり。いつしか衣河見まほしくて、まかりむかひて見けり。河の岸に着きて、衣河の城しまはしたる事柄、やう変りてものを見る心地しけり。汀凍りてとりわき冴えければ とりわきて 心もしみて 冴えぞわたる 衣河見に きたる今日しも  1132  またの年の三月に、出羽の国に越えて、滝の山と申す山寺に侍りけるに、桜の常よりも薄紅の色濃き花にて、並み立てりけるを、寺の人々も見興じければ たぐひなき 思ひいではの 桜かな 薄紅の 花のにほひは  1133  下野の国にて、柴の煙を見て 都近き 小野大原を 思ひ出づる 柴の煙の あはれなるかな  1134  同じ旅にて 風荒き 柴の庵は 常よりも 寝覚ぞものは 悲しかりける  1135  津の国に、やまもとと申す所にて、人を待ちて日数経ければ なにとなく 都の方を 聞く空は むつまじくてぞ ながめられける  1136  新院讃岐におはしましけるに、便りにつけて、女房の許より みづぐきの 書き流すべき かたぞなき 心のうちは 汲みて知らなん  1137  かへし ほど遠み 通ふ心の ゆくばかり なほ書き流せ みづぐきの跡  1138  また、女房遣はしける いとどしく 憂きにつけても たのむかな 契りし道の しるべたがふな  1139 かかりける 涙にしづむ 身の憂さを 君ならでまた 誰か浮かべん  1140  かへし たのむらん しるべもいさや ひとつ世の 別れにだにも まどふ心は  1141 ながれ出づる 涙に今日は 沈むとも 浮かばん末を なほ思はなん  1142  遠く修行することありけるに、菩提院の前の斎宮にまゐりたりけるに、人々別れの歌仕うまつりけるに さりともと なほ逢ふことを たのむかな 死出の山路を 越えぬ別れは  1143  同じ折、坪の桜の散りけるを見て、かくなんおぼえ侍ると申しける この春は 君に別れの 惜しきかな 花のゆくへを 思ひ忘れて  1144  かへしせよと承りて、桧扇に書きてさし出でける                     女房六角の局 君が往なん 形見にすべき 桜さへ 名残りあらせず 風誘ふなり  1145  西国へ修行してまかりける折、児島と申す所に、八幡の斎はれ給ひたりけるに、籠りたりけり。年経てまたその社を見けるに、松どもの古木になりたりけるを見て 昔見し 松は老木に なりにけり わが年経たる ほども知られて  1146  山里へまかりて侍りけるに、竹の風の荻に紛へて聞えければ 竹の音も 荻吹く風の 少なきに たぐへて聞けば やさしかりけり  1147  世遁れて嵯峨に住みける人の許にまかりて、後の世のこと怠らず勤むべき由、申して帰りけるに、竹の柱を立てたりけるを見て 世々経とも 竹の柱の 一筋に 立てたるふしは 変らざらなん  1148  題知らず あばれたる 草の庵の さびしさは 風よりほかに 訪ふ人ぞなき  1149 あはれなり よりより知らぬ 野の末に かせぎを友に 馴るるすみかは  1150  高野に籠りたりける人を、京より、何事かまたいつか出づべきと申したる由聞きて、その人にかはりて 山水の いつ出づべしと 思はねば 心細くて すむと知らずや  1151  松の絶え間より、わづかに月のかげろひて見えけるを見て 影うすみ 松の絶え間を 洩り来つつ 心細しや 三日月の空  1152  木蔭納涼といふことを、人々詠みけるに 今日もまた まつの風吹く 岡へ行かん 昨日涼みし 友に逢ふやと  1153  入り日のかげ隠れけるままに、月の窓にさし入りければ さし来つる 窓の入り日を あらためて 光を変ふる 夕月夜かな  1154  月蝕を題にて歌詠みけるに 忌むといひて かげに当らぬ 今宵しも われて月見る 名や立ちぬらん  1155  寂然入道、大原に住みけるに遣はしける 大原は 比良の高嶺の 近ければ 雪降るほどを 思ひこそやれ  1156  かへし おもへただ 都にてだに 袖さえし 比良の高嶺の 雪のけしきを  1157  高野の奥の院の橋の上にて、月明かかりければ、もろともにながめ明かして、その頃、西住上人京へ出でにけり。その夜の月忘れ難くて、また同じ橋の月の頃、西住上人の許へ言ひ遣はしける こととなく 君恋ひわたる 橋の上に あらそふものは 月の影のみ  1158  かへし                     西住 思ひやる 心は見えで 橋の上に あらそひけりな 月の影のみ  1159  忍西入道、吉野山の麓に住みける、秋の花いかにおもしろかるらんとゆかしう、と申し遣はしたりける返事に、いろいろの花を折り集めて 鹿の音や 心ならねば とまるらん さらでは野辺を みな見するかな  1160  かへし 鹿のたつ 野辺の錦の 切り端は 残り多かる 心地こそすれ  1161  人数多して、一人に隠して、あらぬさまに言ひなしけることの侍りけるを聞きて、詠みける 一筋に いかで杣木の 揃ひけん いつはりつくる 心だくみに  1162  陰陽頭に侍りける者に、或る所の端者もの申しけり。いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣はしけるに代りて わがために つらき心を みなつきの 手づからやがて 祓へ棄てなん  1163  縁有りける人の、新院の勘当なりけるを、許し給ぶべき由、申し入れたりける御返事に 最上川 なべて引くらん いな舟の しばしがほどは いかりおろさん  1164  御返奉りける 強く引く 綱手と見せよ 最上川 そのいな舟の いかりをさめて  かく申したりければ、許し給びてけり  1165  屏風の絵を人々詠みけるに、海の際に、幼く賎しき者のある所を 磯菜摘む 海人のさ乙女 心せよ 沖吹く風に 波高くなる  1166  同じ絵に、苫のうちに人の子おどろきたるところを 磯に寄る 波に心の 洗はれて 寝覚めがちなる 苫屋形かな  1167  庚申の夜、孔子配りをして、歌詠みけるに、古今・後撰・拾遺、これを、梅・桜・山吹に寄せたる題をとりて、詠みける  古今、梅に寄す くれなゐの 色濃き梅を 折る人の 袖には深き 香や留るらん  1168  後撰、桜を寄す 春風の 吹きおこせんに 桜花 となり苦しく 主や思はん  1169  拾遺に山吹を寄す 山吹の 花咲く井手の 里こそは やしうゐたりと 思はざらなん  1170  祝 隙もなく 降り来る雨の 脚よりも 数限りなき 君が御代かな  1171 千代経べき ものをさながら 集むとも 君が齢を 知らんものかは  1172 苔埋む 揺がぬ岩の 深き根は 君が千歳を 固めたるべし  1173 群れ立ちて 雲居に鶴の 声すなり 君が千歳や 空に見ゆらん  1174 沢辺より 巣立ち始むる 鶴の子は 松の枝にや 移り初むらん  1175 大海の 潮干て山に なるまでに 君は変らぬ 君にましませ  1176 君が代の ためしに何を 思はまし 変らぬ松の 色なかりせば  1177 君が代は 天つ空なる 星なれや 数も知られぬ 心地のみして  1178 光さす 三笠の山の 朝日こそ げに萬代の ためしなりけれ  1179 萬代の ためしに引かん 龜山の 裾野の原に 茂る小松を  1180 数かくる 波に下枝の 色染めて 神さびまさる 住吉の松  1181 若葉さす 平野の松は さらにまた 枝に八千代の 数を添ふらん  1182 竹の色も 君がみどりに 染められて いくよともなく 久しかるべし  1183  孫儲けて喜びける人の許へ言ひ遣はしける 千代経べき 二葉の松の 生ひ先を 見る人いかに うれしかるらん  1184  五葉の下に、二葉なる小松どもの侍りけるを、子日に当りける日、折櫃にひき植ゑて、京へ遣はすとて 君がため 五葉の子日 しつるかな たびたび千代を 経べきしるしに  1185  ただの松をひきそへて、この松の思ひ合はすること申すべくなんとて 子日する 野辺のわれこそ 主なるを ごえふなしとて ひく人のなき  1186  世につかへぬべき縁数多有りける人の、さもなかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるに、遣はしける この春は 枝々までに 栄ゆべし 枯れたる木だに 花は咲くめり  1187  これも具して あはれにぞ 深き誓ひの たのもしき 清き流れの 底汲まれつつ  1188  八条院、宮と申しける折、白河殿にて、女房虫合はせられけるに、人に代りて、虫具して、取り出だしけるものに、水に月のうつりたるよしを作りて、その心を詠みける 行末の 名にや流れん 常よりも 月澄みわたる 白川の水  1189  内に、貝合せんとせさせ給ひけるに、人に代りて 風立たで 波ををさむる うらうらに 小貝を群れて 拾ふなりけり  1190 難波潟 潮干ば群れて 出でたたん 白洲の崎の 小貝拾ひに  1191 風吹けば 花咲く波の 折るたびに 桜貝寄る 三島江の浦  1192 波洗ふ 衣のうらの 袖貝を みぎはに風の たたみ置くかな  1193 波かくる 吹上の浜の 簾貝 風もぞおろす いそぎ拾はん  1194 潮染むる ますほの小貝 拾ふとて 色の浜とは 言ふにやあるらん  1195 波臥する 竹の泊りの 雀貝 うれしきよにも 遭ひにけるかな  1196 波寄する 白良の浜の 烏貝 拾ひやすくも 思ほゆるかな  1197 かひありな 君がみ袖に 蔽はれて 心に合はぬ ことも無き世は  1198  入道寂然、大原に住み侍りけるに、高野より遣はしける 山深み さこそあらめと 聞えつつ 音あはれなる 谷の川水  1199 山深み 真木の葉分くる 月影は はげしきものの すごきなりけり  1200 山深み 窓のつれづれ 訪ふものは 色づきそむる 黄櫨のたちえだ  1201 山深み 苔のむしろの 上に居て 何心なく 啼く猿かな  1202 山深み 岩にしだるる 水溜めん かつがつ落つる 橡拾ふほど  1203 山深み け近き鳥の 音はせで ものおそろしき ふくろふの声  1204 山深み 木暗き峯の こずゑより ものものしくも わたる嵐か  1205 山深み 榾伐るなりと 聞えつつ 所にぎはふ 斧の音かな  1206 山深み 入りて見と見る ものはみな あはれもよほす けしきなるかな  1207 山深み 馴るるかせぎの け近さに 世に遠ざかる ほどぞ知らるる  1208  かへし                     寂然 あはれさは かうやと君も 思ひやれ 秋暮れがたの 大原の里  1209 ひとりすむ おぼろの清水 友とては 月をぞすます 大原の里  1210 炭竈の たなびくけぶり ひとすぢに 心ぼそきは 大原の里  1211 なにとなく 露ぞこぼるる 秋の田に 引板引き鳴らす 大原の里  1212 水の音は 枕に落つる ここちして 寝覚めがちなる 大原の里  1213 あだにふく 草の庵の あはれより 袖に露置く 大原の里  1214 山風に 峯のささ栗 はらはらと 庭に落ち敷く 大原の里  1215 ますらをが 爪木にあけび さし添へて 暮るれば帰る 大原の里  1216 葎這ふ 門は木の葉に うづもれて 人もさしこぬ 大原の里  1217 もろともに 秋も山路も深ければ しかぞ悲しき 大原の里  1218  承安元年六月一日、院、熊野へまゐらせ給ひける跡に、住吉に御幸ありけり。修行し廻りて、二日、かの社にまゐりたりけるに、住の江新しく仕立てたりけるを見て、後三条院の御幸、神、思ひ出で給ひけんとおぼえて、詠みける 絶えたりし 君が御幸を 待ちつけて 神いかばかり うれしかるらん  1219  松の下枝を洗ひけん波、古に変らずやとおぼえて いにしへの 松の下枝を 洗ひけん 波を心に かけてこそ見れ  1220  斎院おはしまさぬ頃にて、祭の帰さもなかりければ、柴野もとほるとて むらさきの 色なきころの 野辺なれや 片祭にて かけぬ葵は  1221  北祭の頃、賀茂にまゐりたりけるに、折嬉しくて、待たるるほどぞ使まゐりたり。橋殿に着きて、つい伏し拝まるるまではさることにて、舞人の気色振舞、見し世のことともおぼえず、東遊に琴うつ陪従もなかりけり。さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらんと、恥づかしき心地して、詠み侍りける 神の代も 変りにけりと 見ゆるかな そのことわざの あらずなるにも  1222  更けけるままに、御手洗の音神さびて聞えければ 御手洗の 流れはいつも 変らじを 末にしなれば あさましの世や  1223  伊勢にまかりたりけるに、大神宮にまゐりて詠みける 榊葉に 心をかけん 木綿垂でて 思へば神も 仏なりけり  1224  斎院おりさせ給ひて、本院の前を過ぎけるに、人の内へ入りければ、ゆかしくおぼえて、具して見侍りけるに、かうやはありけんとあはれにおぼえて、おりておはしましけるところへ、宣旨の局の許へ申し遣はしける 君住まぬ 御内はあれて ありす川 いむ姿をも うつしつるかな  1225  かへし 思ひきや いみ来し人の つてにして 馴れし御内を 聞かんものとは  1226  伊勢に斎王おはしまさで、年経にけり。斎宮、木立ばかりさかと見えて、築垣もなきやうになりたりけるを見て いつかまた 斎の宮の 斎かれて 注連の御内に 塵を払はん  1227  世の中に大事出で来て、新院あらぬ様にならせおはしまして、御髪おろして、仁和寺の北院におはしましけるにまゐりて、兼賢阿闍梨出であひたり。月明かくて詠みける かかる世に かげも変らず すむ月を 見るわが身さへ 恨めしきかな  1228  讃岐におはしまして後、歌といふことの世にいと聞えざりければ、寂然が許へ言ひ遣はしける 言の葉の 情絶えにし 折節に あり逢ふ身こそ 悲しかりけれ  1229  かへし                     寂然 敷島や 絶えぬる道に 泣く泣くも 君とのみこそ 跡をしのばめ  1230  讃岐にて、御心ひきかへて、後の世の御勤め暇なくせさせおはしますと聞きて、女房の許へ申しける。この文を書き具して、「若人不嗔打、以修忍辱」 世の中を 背く便りや なからまし 憂き折節に 君逢はずして  1231  これもついでに具してまゐらせける あさましや いかなるゆゑの 報いにて かかることしも 有る世なるらん  1232 ながらへて つひに住むべき 都かは この世はよしや とてもかくても  1233 まぼろしの 夢を現に 見る人は 目も合はせでや よを明かすらん  1234  かくて後、人のまゐりけるに付けて、まゐらせける その日より 落つる涙を 形見にて 思ひ忘るる 時の間もなし  1235  かへし                     女房 目の前に かはり果てにし 世の憂さに 涙を君に 流しけるかな  1236 松山の 涙は海に 深くなりて 蓮の池に 入れよとぞ思ふ  1237 波の立つ 心の水を しづめつつ 咲かん蓮を 今は待つかな  1238  老人述懐といふことを、人々詠みけるに 山深み 杖にすがりて 入る人の 心の奥の 恥づかしきかな  1239  左京大夫俊成、歌集めらるると聞きて、歌遣はすとて 花ならぬ 言の葉なれど おのづから 色もやあると 君拾はなん  1240  かへし                     俊成 世を捨てて 入りにし道の 言の葉ぞ あはれも深き 色も見えける  1241  恋百十首 思ひ余り 言ひ出でしこそ 池水の 深き心の ほどは知られめ  1242 無き名こそ 飾磨の市に 立ちにけれ まだあひそめぬ 恋するものを  1243 つつめども 涙の色に あらはれて 忍ぶ思ひは 袖よりも散る  1244 わりなしや われも人目を つつむ間に しひても言はぬ 心尽くしは  1245 なかなかに 忍ぶ気色や しるからん かはる思ひに ならひなき身は  1246 気色をば あやめて人の 咎むとも うち任せては 言はじとぞ思ふ  1247 心には 忍ぶと思ふ かひもなく しるきは恋の 涙なりけり  1248 色に出でて いつよりものは 思ふぞと問ふ人あらば いかが答へん  1249 逢ふことの なくてやみぬる ものならば 今見よ世にも 有りや果つると  1250 憂き身とて 忍ばば恋の しのばれて 人の名立に なりもこそすれ  1251 みさをなる 涙なりせば 唐衣 かけても人に 知られましやは  1252 歎きあまり 筆のすさみに 尽くせども 思ふばかりは 書かれざりけり  1253 わが歎く 心のうちの 苦しさも 何にたとへて 君に知られん  1254 今はただ 忍ぶ心ぞ つつまれぬ 歎かば人や 思ひ知るとて  1255 心には 深くしめども 梅の花 折らぬ匂ひは かひなかりけり  1256 さりとよと ほのかに人を 見つれども おぼえぬ夢の 心地こそすれ  1257 消えかへり 暮待つ袖ぞ しをれぬる おきつる人は 露ならねども  1258 いかにせん その五月雨の 名残りより やがてを止まぬ 袖のしづくを  1259 さるほどの 契りは君に 有りながら 行かぬ心の 苦しきやなぞ  1260 今はさは おぼえぬ夢に なし果てて 人に語らで やみねとぞ思ふ  1261 折る人の 手には留まらで 梅の花 誰が移り香に ならんとすらん  1262 うたたねの 夢をいとひし 床の上に 今朝いかばかり 起き憂かるらん  1263 ひきかへて うれしかるらん 心にも 憂かりしことは 忘れざらなん  1264 七夕は 逢ふをうれしと 思ふらん われは別れの 憂き今宵かな  1265 同じくは 咲き初めしより しめおきて 人に折られぬ 花と思はん  1266 朝露に 濡れにし袖を 乾すほどに やがて夕立つ わが袂かな  1267 待ちかねて 夢に見ゆやと まどろめば 寝覚すすむる 荻の上風  1268 つつめども 人知る恋や おほゐ川 井堰の隙を くぐる白波  1269 逢ふまでの 命もがなと 思ひしに くやしかりける わが心かな  1270 今よりは 逢はでものをば 思ふとも 後憂き人に 身をばまかせじ  1271 いつかはと こたへんことの 妬きかな 思ひ知らずと 恨み聞かせば  1272 袖の上の 人目知られし 折までは みさをなりける わが涙かな  1273 あやにくに 人目も知らぬ 涙かな たへぬ心に 忍ぶかひなく  1274 荻の音は もの思ふわれか 何なれば こぼるる露の 袖に置くらん  1275 草しげみ 沢に縫はれて 伏す鴫の いかによそだつ 人の心ぞ  1276 あはれとて 人の心の なさけあれな 数ならぬには よらぬ歎きを  1277 いかにせん うき名をば世に 立て果てて 思ひも知らぬ 人の心を  1278 忘られん ことをばかねて 思ひにき 何おどろかす 涙なるらん  1279 とはれぬも とはぬ心の つれなさも 憂きは変らぬ 心地こそすれ  1280 つらからん 人ゆゑ身をば 恨みじと 思ひしことも かなはざりけり  1281 今さらに なにかは人も 咎むべき はじめて濡るる 袂ならねば  1282 わりなしな 袖になげきの 満つままに 命をのみも いとふ心は  1283 色ふかき 涙の川の 水上は 人を忘れぬ 心なりけり  1284 待ちかねて ひとりは臥せど 敷妙の 枕並ぶる あらましぞする  1285 とへかしな 情は人の 身のためを 憂きわれとても 心やはなき  1286 言の葉の 霜がれにしに 思ひにき 露の情も かからましとは  1287 夜もすがら うらみを袖に たたふれば 枕に波の 音ぞ聞ゆる  1288 ながらへて 人のまことを 見るべきに 恋に命の 絶えんものかは  1289 たのめおきし その言ひごとや あだなりし 波越えぬべき 末の松山  1290 川の瀬に よに消えやすき うたかたの 命をなぞや 君がたのむる  1291 かりそめに 置く露とこそ 思ひしか あきにあひぬる わが袂かな  1292 おのづから あり経ばとこそ 思ひつれ たのみなくなる わが命かな  1293 身をも厭ひ 人のつらさも 歎かれて 思ひ数ある 頃にもあるかな  1294 菅の根の 長くものをば 思はじと 手向けし神に 祈りしものを  1295 うちとけて まどろまばやは 唐衣 夜な夜なかへす かひも有るべき  1296 わがつらき ことにをなさん おのづから 人目を思ふ 心ありやと  1297 ことと言へば もて離れたる 気色かな うららかなれや 人の心の  1298 もの思ふ 袖に歎きの たけ見えて 忍ぶ知らぬは 涙なりけり  1299 草の葉に あらぬ袂も もの思へば 袖に露置く 秋の夕暮  1300 逢ふことの 無き病にて 恋死なば さすがに人や あはれと思はん  1301 いかにぞや 言ひ遣りたりし 方もなく ものを思ひて 過ぐる頃かな  1302 わればかり もの思ふ人や またもあると 唐土までも たづねてしがな  1303 君にわれ いかばかりなる 契りありて 二なくものを 思ひそめけん  1304 さらぬだに もとの思ひの 絶えぬ身に 歎きを人の 添ふるなりけり  1305 われのみぞ わが心をば いとほしむ あはれぶ人の なきにつけても  1306 恨みじと 思ふわれさへ つらきかな とはで過ぎぬる 心づよさを  1307 いつとなき 思ひは富士の けぶりにて うち臥す床や 浮島が原  1308 これもみな 昔のことと 言ひながら などもの思ふ 契りなりけん  1309 などかわれ つらき人ゆゑ ものを思ふ 契りをしもは 結びおきけん  1310 くれなゐに あらふ袂の 濃き色は こがれてものを 思ふなりけり  1311 せきかねて さはとて流す たきつ瀬に 湧く白玉は 涙なりけり  1312 歎かじと つつみし頃の 涙だに うち任せたる 心地やはせし  1313 今はわれ 恋せん人を とぶらはん よに憂きことと 思ひ知られぬ  1314 ながめこそ 憂き身のくせに なり果てて 夕暮ならぬ 折もせらるれ  1315 思へども 思ふかひこそ なかりけれ 思ひも知らぬ 人を思へば  1316 綾ひねる ささめの小蓑 衣に着ん 涙の雨も しのぎがてらに  1317 なぞもかく ことあたらしく 人の問ふ われもの思ふ 古りにしものを  1318 死なばやと 何思ふらん 後の世も 恋はよに憂き こととこそ聞け  1319 わりなしや いつを思ひの 果にして 月日を送る わが身なるらん  1320 いとほしや さらに心の をさなびて 魂切れらるる 恋もするかな  1321 君慕ふ 心のうちは ちごめきて 涙もろくも なるわが身かな  1322 なつかしき 君が心の 色をいかで つゆも散らさで 袖につつまん  1323 いくほども ながらふまじき 世の中に ものを思はで 経るよしもがな  1324 いつかわれ 塵積む床を 払ひ上げて 来んとたのめん 人を待つべき  1325 よたけたつ 袖にたたへて 忍ぶかな 袂の滝に 落つる涙を  1326 憂きにより つひに朽ちぬる わが袖を 心尽くしに 何しのびけん  1327 心から 心にものを 思はせて 身を苦しむる わが身なりけり  1328 ひとり着て わが身にまとふ 唐衣 しほしほとこそ 泣き濡らさるれ  1329 言ひ立てて 恨みばいかに つらからん 思へば憂しや 人の心は  1330 歎かるる 心のうちの 苦しさを 人の知らばや 君に語らん  1331 人知れぬ 涙にむせぶ 夕暮は ひきかづきてぞ うち臥されける  1332 思ひきや かかる恋路に 入りそめて よく方もなき 歎きせんとは  1333 あやふさに 人目ぞつねに よがれける 岩のかど踏む ほきの桟道  1334 知らざりき 身にあまりたる 歎きして ひまなく袖を しぼるべしとは  1335 吹く風に 露もたまらぬ 葛の葉の うらがへれとは 君をこそ思へ  1336 われからと 藻に住む虫の 名にし負へば 人をばさらに 恨みやはする  1337 むなしくて やみぬべきかな 空蝉の この身からにて 思ふ歎きは  1338 つつめども 袖よりほかに こぼれ出でて うしろめたきは 涙なりけり  1339 われながら 疑はれぬる 心かな ゆゑなく袖を しぼるべきかは  1340 さることの あるべきかはと 忍ばれて 心いつまで みさをなるらん  1341 とり残し 思ひもかけぬ 露払ひ あなくらたかの われが心や  1342 君に染む 心の色の 深さには 匂ひもさらに 見えぬなりけり  1343 さもこそは 人目思はず なり果てて あなさま憎の 袖の雫や  1344 かつすすぐ 沢の小芹の 根を白み きよげにものを 思はずもがな  1345 いかさまに 思ひ続けて 恨みまし ひとへにつらき 君ならなくに  1346 恨みても 慰めてまし なかなかに つらくて人の 逢はぬと思へば  1347 うち絶えで 君に逢ふ人 いかなれや わが身も同じ 世にこそは経れ  1348 とにかくに 厭はまほしき 世なれども 君が住むにも ひかれぬるかな  1349 何事に つけてか世をば 厭はまし うかりし人ぞ 今日はうれしき  1350 逢ふと見し その夜の夢の 覚めであれな 長き眠りは 憂かるべけれど  この歌、題もまた人にかはりたることどもも、ありげなれども、書かず  この歌ども、山里なる人の語るにしたがひて、書きたるなり。されば僻事どもや、むかしいまの事とり集めたれば、時折節たがひたることども  1351  この集を見て、返しけるに                     院の少納言の局 巻毎に 玉の声せし 玉章の たぐひはまたも 有りけるものを  1352  かへし よしさらば 光なくとも 玉といひて 言葉の塵は 君みがかなん  1353  讃岐に詣でて、松山の津と申す所に、院おはしましけん御跡たづねけれど、かたも無かりければ 松山の 波に流れて 来し舟の やがて空しく なりにけるかな  1354 松山の 波の景色は 変らじを かたなく君は なりましにけり  1355  白峯と申しける所に、御墓の侍りけるに、まゐりて よしや君 昔の玉の ゆかとても かからん後は 何にかはせん  1356  同じ国に、大師のおはしましける御辺りの山に、庵結びて住みけるに、月いと明かくて、海の方曇りなく見えければ 曇りなき 山にて海の 月見れば 島ぞこほりの 絶え間なりける  1357  住みけるままに、庵いとあはれにおぼえて 今よりは いとはじ命 あればこそ かかるすまひの あはれをも知れ  1358  庵の前に、松の立てりけるを見て 久に経て わが後の世を とへよ松 跡しのぶべき 人もなき身ぞ  1359 ここをまた われ住み憂くて 浮かれなば 松はひとりに ならんとすらん  1360  雪の降りけるに 松の下は 雪降る折の 色なれや みな白妙に 見ゆる山路に  1361 雪積みて 木も分かず咲く 花なれや ときはの松も 見えぬなりけり  1362 花と見る こずゑの雪に 月さえて たとへん方も なき心地する  1363 まがふ色は 梅とのみ見て 過ぎゆくに 雪の花には 香ぞなかりける  1364 折しもあれ うれしく雪の 埋むかな かき籠りなんと 思ふ山路を  1365 なかなかに 谷の細道 埋め雪 ありとて人の 通ふべきかは  1366 谷の庵に 玉の簾を かけましや すがる垂氷の 軒を閉ぢずば  1367  花まゐらせける折しも、折敷に霰の散りけるを 樒おく 閼伽の折敷の ふち無くば 何にあられの 玉と散らまし  1368 岩に堰く 閼伽井の水の わりなきに 心すめとも 宿る月かな  1369  大師の生まれさせ給ひたる所とて、廻りの仕廻して、そのしるしに、松の立てりけるを見て あはれなり 同じ野山に 立てる木の かかるしるしの 契りありける  1370  またある本に曼荼羅寺の行道所へ登るは、世の大事にて、手を立てたるやうなり。大師の、御経書きて埋ませおはしましたる山の峯なり。坊の外は、一丈ばかりなる壇築きて建てられたり。それへ日毎に登らせおはしまして、行道しおはしましけると、申し伝へたり。巡り行道すべきやうに、壇も二重に築き廻されたり。登るほどの危ふさ、ことに大事なり。構へて這ひまはり着きて めぐり逢はん ことの契りぞ ありがたき 厳しき山の 誓ひ見るにも  1371  やがてそれが上は、大師の御師に逢ひまゐらせさせおはしましたる峯なり。「わがはいしさ」と、その山をば申すなり。その辺の人は「わがはいし」とぞ申しならひたる。山も字をば捨てて申さず。また筆の山とも名付けたり。遠くて見れば、筆に似て、まろまろと山の峯の先のとがりたるやうなるを、申し慣はしたるなめり。行道所より、構へてかきつき登りて、峯にまゐりたれば、師にあはせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり。塔の礎はかりなく大きなり。高野の大塔などばかりなりける塔の跡と見ゆ。苔は深く埋みたれども、石大きにして、あらはに見ゆ。筆の山と申す名につきて 筆の山に かき登りても 見つるかな 苔の下なる 岩の気色を  善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師書き具せられたりき。大師の御手などもおはしましき。四の門の額少々われて、おほかたは違はずして侍りき。末にこそいかがなりなんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか  1372  備前の国に、小嶋と申す島に渡りたりけるに、あみと申すものとる所は、各々我々占めて、長き竿に袋を付けて、立てわたすなり。その竿の立て始めをば、一の竿とぞ名付けたる。中に齢高き海士人の立て初むるなり。立つるとて申すなる詞聞き侍りしこそ、涙こぼれて、申すばかりなくおぼえて、詠みける 立て初むる あみ採る浦の 初竿は 罪のなかにも すぐれたるかな  1373  日比・渋川と申す方へまはりて、四国の方へ渡らんとしけるに、風あしくて、ほど経けり。渋川の浦と申す所に、幼き者どもの数多物を拾ひけるを、問ひければ、つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて 下り立ちて 浦田に拾ふ 海士の子は つみより罪を 習ふなりけり  1374  真鍋と申す島に、京より商人どもの下りて、やうやうのつみの物ども商ひて、また塩飽の島に渡り、商はんずる由申しけるを聞きて 真鍋より 塩飽へ通ふ あき人は つみをかひにて 渡るなりけり  1375  串に刺したる物を商ひけるを、何ぞと問ひければ、蛤を乾して侍るなりと申しけるを聞きて おなしくは かきをぞ刺して 乾しもすべき 蛤よりは 名もたよりあり  1376  牛窓の瀬戸に、海士の出で入りて、さだえと申すものを採りて、舟に入れ入れしけるを見て さだえ棲む 瀬戸の岩壺 求め出でて いそぎし海士の 気色なるかな  1377  沖なる岩につきて、海士どもの鮑採りける所にて 岩の根に かたおもむきに 並み浮きて 鮑を潜く 海士のむらぎみ  1378  題知らず 小鯛引く 綱のうけ繩 寄り来めり 憂き仕業ある 塩崎の浦  1379 霞敷く 波の初花 をりかけて 桜鯛釣る 沖の海士舟  1380 海士人の いそしく帰る ひしきものは こにし蛤 がうなしただみ  1381 磯菜摘まん 今生ひ初むる 若布海苔 海松布神馬草 鹿尾菜石花菜  1382  伊勢の答志と申す島には、小石の白の限り侍る浜にて、黒はひとつもまじらず、むかひて菅島と申すは、黒の限り侍るなり 菅島や 答志の小石 分け替へて 黒白まぜよ 浦の浜風  1383 崎志摩の 小石の白を 高波の 答志の浜に うち寄せてける  1384 香良洲崎の 浜の小石と 思ふかな 白もまじらぬ 菅島の黒  1385 合はせばや 鷺と烏と 碁を打たば 答志菅島 黒白の浜  1386  伊勢の二見の浦に、さるやうなる女の童どもの集まりて、わざとのこととおぼしく、蛤をとり集めけるを、いふ甲斐なき海士人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合に京より人の申させ給ひたれば、選りつつ採るなりと申しけるに 今ぞ知る 二見の浦の 蛤を 貝合とて おほふなりけり  1387  伊良胡へ渡りたりけるに、いがひと申す蛤に、阿古屋のむねと侍るなり。それを取りたる殻を高く積みおきたりけるを見て 阿古屋とる いがひの殻を 積みおきて 宝の跡を 見するなりけり  1388  沖の方より、風のあしきとて、鰹と申す魚釣りける舟どもの帰りけるに 伊良胡崎に 鰹釣り舟 並び浮きて 西北風の波に 浮かびつつぞ寄る  1389  二つありける鷹の、伊良胡渡りをすると申しけるが、一つの鷹は留まりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて 巣鷹わたる 伊良胡が崎を 疑ひて なほ木に帰る 山帰りかな  1390 はし鷹の すずろがさでも 古るさせて 据ゑたる人の ありがたの世や  1391  宇治川を下りける舟の、金突と申す物をもて、鯉の下るを突きけるを見て 宇治川の 早瀬落ち舞ふ 漁舟の かづきにちがふ 鯉のむらまけ  1392 小鮠つどふ 沼の入江の 藻の下は 人漬けおかぬ 柴にぞありける  1393 種漬くる 壺井の水の 引く末に 江鮒集まる 落合のわだ  1394 しらなはに 小鮎引かれて 下る瀬に もち設けたる 小目の敷網  1395 見るも憂きは 鵜繩に逃ぐる いろくづを のがらかさでも したむ持網  1396 秋風に すずき釣り舟 走るめり そのひとはしの 名残り慕ひて  1397  新宮より伊勢の方へまかりけるに、みき島に舟の沙汰しける浦人の、黒き髪は一筋もなかりけるを呼び寄せて 年経たる 浦の海士人 言問はん 波をかづきて 幾世過ぎにき  1398 黒髪は 過ぐると見えし 白波を かづき果てたる 身には知れ海士  1399  小鳥どもの歌詠みける中に 声せずば 色濃くなると おもはまし 柳の芽食む 鶸の群鳥  1400 桃園の 花にまがへる 照鷽の 群れ立つをりは 散る心地する  1401 並びゐて 友を離れぬ こがらめの 塒にたのむ 椎の下枝  1402  月の夜、賀茂にまゐりて、詠み侍りける 月のすむ 御祖川原に 霜さえて 千鳥とほ立つ 声聞ゆなり  1403  熊野へまゐりけるに、七越の峯の月を見て、詠みける たちのぼる 月の辺りに 雲消えて 光重ぬる ななこしの峯  1404  讃岐の国へまかりて、みのつと申す津に着きて、月明かくて、ひびの手も通はぬほどに、遠く見えわたりたりけるに、水鳥のひびの手に付きて飛びわたりけるを 敷きわたす 月のこほりを 疑ひて ひびの手まはる 味鴨の群鳥  1405 いかでわれ 心の雲に 塵据ゑで 見るかひありて 月をながめん  1406 ながめをりて 月のかげにぞ 世をば見る すむもすまぬも さなりけりとは  1407 雲晴れて 身にうれへなき 人の身ぞ さやかに月の かげは見るべき  1408 さのみやは 袂にかげを 宿すべき 弱し心よ 月なながめそ  1409 月に恥ぢて さし出でられぬ 心かな ながむか袖に かげの宿れば  1410 心をば 見る人ごとに 苦しめて なにかは月の 取りどころなる  1411 露けさは 憂き身の袖の 癖なるを 月見る咎に おほせつるかな  1412 ながめ来て 月いかばかり しのばれん この世し雲の 外になりなば  1413 いつかわれ この世の空を 隔たらん あはれあはれと 月を思ひて  1414 露もありつ かへすがへすも 思ひ知りて ひとりぞ見つる 朝顔の花  1415 ひときれは 都を捨てて 出づれども 巡りてはなほ きその桟橋  1416 捨てたれど 隠れて住まぬ 人になれば なほ世にあるに 似たるなりけり  1417 世の中を 捨てて捨て得ぬ 心地して 都離れぬ わが身なりけり  1418 捨てしをりの 心をさらに 改めて 見る世の人に 別れ果てなん  1419 思へ心 人のあらばや 世にも恥ぢん さりとてやはと 勇むばかりぞ  1420 呉竹の ふし繁からぬ よなりせば この君はとて さし出でなまし  1421 悪し善しを 思ひ分くこそ 苦しけれ ただあらざれば あられける身を  1422 深く入るは 月ゆゑとしも なきものを 憂き世しのばん み吉野の山  1423  嵯峨野の、見し世にも変りてあらぬやうになりて、人往なんとしたりけるを見て この里や 嵯峨の御狩の 跡ならん 野山も果ては 褪せかはりけり  1424  大覚寺の金岡が立てたる石を見て 庭の岩に 目立つる人も なからまし かどある様に 立てしおかずば  1425  滝のわたりの木立あらぬことになりて、松ばかり並み立ちたりけるを見て 流れ見し 岸の木立も あせ果てて 松のみこそは 昔なるらめ  1426  龍門にまゐるとて 瀬を早み 宮滝川を 渡り行けば 心の底の 澄むここちする  1427 思ひ出でて 誰かはとめて 分けも来ん 入る山道の 露の深さを  1428 呉竹の いま幾よかは 起きふして 庵の窓を 上げ下ろすべき  1429 その筋に 入りなば心 なにしかも 人目思ひて 世につつむらん  1430 緑なる 松にかさなる 白雪は 柳の衣を 山におほへる  1431 さかりならぬ 木もなく花の 咲きにけると 思へば雪を 分くる山道  1432 波と見ゆる 雪を分けてぞ 漕ぎわたる 木曽の桟橋 底も見えねば  1433 まな鶴は 沢のこほりの 鏡にて 千歳のかげを もてやなすらん  1434 沢も解けず 摘めどかたみに 留まらで 目にもたまらぬ ゑぐの草茎  1435 君が住む 岸の岩より 出づる水の 絶えぬ末をぞ 人も汲みける  1436 田代見ゆる 池の堤の 嵩添へて たたふる水や 春の夜のため  1437 庭に流す 清水の末を 堰きとめて 門田養ふ 心にもあるかな  1438 伏見過ぎぬ 岡屋になほ とどまらじ 日野まで行きて 駒試みん  1439 秋の色は 風ぞ野も狭に 敷きわたす 時雨は音を 袂にぞ聞く  1440 しぐれ初むる 花園山に 秋暮れて 錦の色を 改むるかな  1441  伊勢の磯のへぢの錦の島に、磯回の紅葉の散りけるを 波に敷く 紅葉の色を 洗ふゆゑに 錦の島と 言ふにやあるらん  1442  陸奥の国に平泉にむかひて、束稲と申す山の侍るに、異木は少なきやうに桜の限り見えて、花の咲きたりけるを見て、詠める 聞きもせず 束稲山の 桜花 吉野のほかに かかるべしとは  1443 奥になほ 人見ぬ花の 散らぬあれや たづねを入らん 山ほととぎす  1444 つばな抜く 北野の茅原 褪せゆけば 心すみれぞ 生ひかはりける  1445  例ならぬ人の大事なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨の欲しき由を願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたる柏につつみたる梨を、ただ一つ遣はして、こればかりなど申したりける 花のをり 柏に包む 信濃梨は 緑なれども あかしのみと見ゆ  1446  讃岐の院におはしましける折の、みゆきの鈴の奏を聞きて、詠みける ふりにけり 君がみゆきの 鈴の奏は いかなる世にも 絶えず聞えて  1447  日の入る、鼓のごとし 波のうつ 音を鼓に まがふれば 入日のかげの 打ちて揺らるる  1448  題知らず 山里の 人もこずゑの まつが末に あはれに来居る ほととぎすかな  1449 並べける 心はわれか ほととぎす 君待ち得たる 宵の枕に  1450  筑紫に、腹赤と申す魚の釣をば、十月一日に下ろすなり。師走に引き上げて、京へは上せ侍る、その釣の繩、遙かに遠く引きわたして、通る舟のその繩に当りぬるをば、かこちかかりて、高家がましく申して、むつかしく侍るなり。その心を詠める 腹赤釣る おほわださきの うけ繩に 心かけつつ 過ぎんとぞ思ふ  1451 伊勢島や いるるつきてす まふ波に けことおぼゆる いりとりの海士  1452 磯菜摘みて 波かけられて 過ぎにける わにの住みける 大磯の根を  Subtitle  百首  1453  花 十首 吉野山 花の散りにし 木の下に とめし心は われを待つらん  1454 吉野山 高嶺の桜 咲き初めば かからんものか 花の薄雲  1455 人はみな 吉野の山へ 入りぬめり 都の花に われはとまらん  1456 たづね入る 人には見せじ 山桜 われ疾う花に あはんと思へば  1457 山桜 咲きぬと聞きて 見に行かん 人をあらそふ 心とどめて  1458 山桜 ほどなく見ゆる にほひかな さかりを人に 待たれ待たれて  1459 花の雪の 庭につもるに 跡つけじ 門なき宿と 言ひ散らさせて  1460 ながめつる あしたの雨の 庭の面に 花の雪敷く 春の夕暮  1461 吉野山 ふもとの滝に 流す花や 峯につもりし 雪の下水  1462 根にかへる 花を送りて 吉野山 夏のさかひに 入りて出でぬる  1463  郭公 十首 鳴かん声や 散りぬる花の 名残りなる やがて待たるる ほととぎすかな  1464 春暮れて 声に花咲く ほととぎす たづぬることも 待つも変らぬ  1465 聞かで待つ 人思ひ知れ ほととぎす 聞きても人は なほぞ待つめる  1466 ところから 聞きがたきかと ほととぎす 里を変へても 待たんとぞ思ふ  1467 はつごゑを 聞きての後は ほととぎす 待つも心の たのもしきかな  1468 五月雨の 晴れ間たづねて ほととぎす 雲ゐに伝ふ 声聞ゆなり  1469 ほととぎす なべて聞くには 似ざりけり 古き山辺の あかつきの声  1470 ほととぎす 深き山辺に 住むかひは こずゑに続く 声を聞くかな  1471 夜の床を 泣き浮かさなん ほととぎす もの思ふ袖を とひに来たらば  1472 ほととぎす 月のかたぶく 山の端に 出でつる声の かへり入るかな  1473  月 十首 伊勢島や 月の光の さひか浦は あかしには似ぬ かげぞすみける  1474 池水に 底清くすむ 月かげは 波にこほりを しきわたすかな  1475 月を見て あかしの浦を 出づる舟は 波のよるとや 思はざるらん  1476 はなれたる 白良の浜の 沖の石を くだかで洗ふ 月の白波  1477 思ひとけば 千里のかげも 数ならず いたらぬ隈も 月にあらせじ  1478 おほかたの 秋をば月に つつませて 吹きほころばす 風の音かな  1479 何事か この世に経たる 思ひ出を 問へかし人に 月を数へん  1480 思ひ知るを 世には隈なき かげならず わが目に曇る 月の光は  1481 憂き世とも 思ひとほさじ かしかへて 月のすみける 久方の空  1482 月の夜やがて 友とをなりて 何処にも 人知らざらん すみか数へよ  1483  雪 十首 信楽の 杣のおほぢは とどめてよ 初雪降りぬ むこの山人  1484 いそがずば 雪にわが身や とめられて 山辺の里に 春を待たまし  1485 あはれ知りて 誰か分け来ん 山里の 雪降り埋む 庭の夕暮  1486 湊川 苫に雪ふく 友舟は むやひつつこそ 夜を明かしけれ  1487 筏士の 波の沈むと 見えつるは 雪を積みつつ 下るなりけり  1488 たまりをる こずゑの雪の 春ならば 山里いかに もてなされまし  1489 大原は 芹生を雪の 道にあけて 四方には人も 通はざりけり  1490 晴れやらで 二村山に 立つ雲は 比良の吹雪の 名残りなりけり  1491 雪しのぐ 庵のつまを さしそへて 跡とめて来ん 人をとどめん  1492 くやしくも 雪の深山へ 分け入らで 麓にのみも 年を積みける  1493  恋 十首 ふるき妹が 園に植ゑたる 唐なづな 誰なづさへと おほしたるらん  1494 くれなゐの よそなる色は 知られねば 筆にこそまづ 染めはじめつれ  1495 さまざまの なげきを身には 積みおきて 何時しめるべき 思ひなるらん  1496 君をいかで 細かに結へる しげめ結ひ たちも離れず 並びつつ見ん  1497 恋すとも みさをに人に 言はればや 身にしたがはぬ 心やはある  1498 思ひ出でよ 御津の浜松 よそだつと 志賀の浦波 ただん袂を  1499 うとくなる 人は心の 変るとも われとは人に 心おかれじ  1500 月を憂しと ながめながらも 思ふかな その夜ばかりの かげとやは見し  1501 われはただ かへさでを着ん 小夜衣 着て寝しことを 思ひ出でつつ  1502 川風に 千鳥鳴きけん 冬の夜は わが思ひにて ありけるものを  1503  述懐 十首 いざさらば 盛り思ふも ほどもあらじ 藐姑射が峯の 花にむつれし  1504 山深く 心はかねて おくりてき 身こそ憂き世を 出でやらねども  1505 月にいかで 昔のことを 語らせて かげに添ひつつ 立ちも離れじ  1506 憂き世とし 思はでも身の 過ぎにける 月のかげにも なづさはりつつ  1507 雲につきて うかれのみゆく 心をば 山にかけてを とめんとぞ思ふ  1508 捨てて後は まぎれし方は おぼえぬを 心のみをば 世にあらせける  1509 塵つかで ゆがめる道を なほくなして ゆくゆく人を 世に継がへばや  1510 ひとしまんと 思ひも見えぬ 世にあれば 末にさこそは 大幣のそら  1511 深き山は 苔むす岩を たたみ上げて ふりにし方を 納めたるかな  1512 ふりにける 心こそなほ あはれなり およばぬ身にも 世を思はする  1513  無常 十首 はかなしな 千世思ひし 昔をも 夢のうちにて 過ぎにける代は  1514 ささがにの 糸に貫ぬく 露の玉を かけて飾れる 世にこそありけれ  1515 現をも 現とさらに 思へねば 夢をも夢と なにか思はん  1516 さらぬことも あとかたなきを 分きてなど 露をあだにも 言ひもおきけん  1517 ともし火の 掲げ力も なくなりて とまる光を 待つわが身かな  1518 水干たる 池にうるほふ したたりを 命にたのむ 魚くづや誰  1519 みぎは近く 引き寄せらるる 大網に 幾せのものの 命籠れり  1520 うらうらと 死なんずるなと 思ひ解けば 心のやがて さぞと答ふる  1521 言ひ捨てて 後のゆくへを 思ひ出でば さてさはいかに 浦島の筥  1522 世の中に なくなる人を 聞くたびに 思ひは知るを おろかなる身に  1523  神祇 十首  神楽二首 めづらしな 朝倉山の 雲ゐより したひ出でたる 明星のかげ  1524 名残りいかに かへすがへすも 惜しからし その駒に立つ 神楽舎人は  1525  賀茂二首 御手洗に 若菜すすぎて 宮人の まてに捧げて 御戸開くめる  1526 ながつきの 力合はせに 勝ちにけり わがかたをかを 強く頼みて  1527  男山二首 今日の駒は 美豆のさうぶを おひてこそ 敵をらちに かけて通らめ  1528  放生会 御輿長の 声先立てて 下ります をとかしこまる 神の宮人  1529  熊野二首 み熊野の むなしきことは あらじかし むしたれいたの 運ぶ歩みは  1530 あらたなる 熊野詣の しるしをば 氷の垢離に 得べきなりけり  1531  御裳濯二首 初春を くまなく照らす かげを見て 月にまづ知る 御裳濯の岸  1532 御裳濯の 岸の岩ねに 代をこめて 固め立てたる 宮柱かな  1533  釋教 十首  訖栗枳王の夢の中に三首 まどひてし 心を誰も 忘れつつ ひかへらるなる ことの憂きかな  1534 ひきひきに わが棄てつると 思ひける 人の心や せばまくの衣  1535 末の世の 人の心も みがくべき 玉をも塵に まぜてけるかな  1536  無量義経三首 悟りひろき この法をまづ 説きおきて 二つなしとは 言ひきはめける  1537 山桜 つぼみはじむる 花の枝に 春をば籠めて 霞むなりけり  1538 身につきて 燃ゆる思ひの 消えましや 涼しき風の あふがざりせば  1539  千手経三首 花までは 身に似ざるべし 朽ち果てて 枝もなき木の 根をな枯らしそ  1540 誓ひありて 願はん国へ 行くべくは 西の門より 悟りひらかん  1541 さまざまに たなごころなる 誓ひをば 南無の言葉に ふさねたるかな  1542  また一首この心を  楊梅の春の匂ひ遍吉の功徳なり  紫蘭の秋の色は普賢菩薩の真相なり 野辺の色も 春の匂ひも おしなべて 心染めける 悟りにぞなる  1543  雑 十首 沢の面に 更けたる鶴の 一声に おどろかされて 千鳥鳴くなり  1544 友になりて おなじ湊を 出舟の ゆくへも知らず 漕ぎ別れぬる  1545 滝落つる 吉野の奥の 宮川の 昔を見けん あと慕はばや  1546 わが園の 岡辺に立てる 一つ松を 友と見つつも 老いにけるかな  1547 さまざまの あはれありつる 山里を 人に伝へて 秋の暮れぬる  1548 山賎の 住みぬと見ゆる わたりかな 冬に褪せゆく 静原の里  1549 山里の 心の夢に まどひをれば 吹き白まかす 風の音かな  1550 月をこそ ながめば心 浮かれ出でめ 闇なる空に ただよふやなぞ  1551 波高き 蘆屋の沖を かくる舟の ことなくて世を 過ぎんとぞ思ふ  1552 ささがにの いと世をかくて 過ぎにける 人の人なる 手にもかからで  以上歌数千五百五十三首  本云一千五百七十二首云々  凡此書本落字僻字太多之、又不審歌  繁多也。=1可授語本。  今山家集之外又有山家心中抄、被畧抜  此集内書出者也  *=1:二/心(したしく)  End  親本::  陽明文庫蔵「山家集」  底本::   著名:  新潮日本古典集成(第四九回)        「山家集」   校注:  後藤 重郎   発行者: 佐藤 隆信   発行所: 株式会社 新潮社   初版:  昭和57年(1982)04月10日 第 1刷発行   発行:  平成10年(1998)09月10日 第 7刷  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.org)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2001年01月11日-2001年02月14日  校正::   校正者: 新渡戸 広明(info@saigyo.org)   校正日: 2001年05月22日-