Title  沙石集 (無住法師 弘安六年1283)  Subtitle  巻第三上  Description ・・・西行法師、初發心の時、最愛のいとけなき娘の、とりつきたりしを、縁より蹴落して、遁世して後、心強く捨てたりける由を詠みしも、この心にこそ。  0001 世を捨つる捨つる我が身は捨つるかは、捨てぬ人をぞ捨つるとは見る  Description この心をもてなずらへて、諸宗の修行法門の肝要を心得べきをや。・・・  Subtitle  巻第五下  Description  西行法師、国々修行しけるに、讃岐の院の御廟に参りて、昔、十善の余薫によりて、萬機の政を収め、四海の帝王として、九重の台に崇められおほしましゝに、かゝる松山の苔の下に埋れ給へること、無常転変の理を知るといへども、夢の心地して哀れに覚えけるまゝに、  0002 よしや君むかしの玉の床とても、かゝらん後はなにゝかはせん  Description 苔の下に、かすかなる御音にて詠じ給ひける、  0003 濱千鳥あとは都にかよへども、身はまつ山に音をのみぞ鳴く。  Description これ等の歌は、世の常に、人毎に口に付けたれども、静かに詠ずるとき萬縁悉く忘れ、一心漸く静かなるものをや。老子の日く、「天一を得つれば清く、他一を得つればやすし。」と。佛法に入る方便まち/\なれども、唯一を得るにあり。事には、一心を得、理には、一性を覚る。この故に華厳には、「三界唯一心といひ、法華には、唯有一佛乗と説き、起信論には、一心法界といひ、天台には、唯一實相と談じ、毘尼には、常爾一心といひ、浄土門には、一心不乱といひ、宗門には、一心不生といひ、密教にほ、唯一金剛と説く、然れば流転生死は一理に背きて、差別の諸法を執するにより、寂滅涅槃は萬縁を捨て、平等の一理に叶へるにあり。然るに一心を得る初めの浅き方便、和歌にしくはなし。これを案ずれば世務を薄くし、これを詠ずれば名利を忘る。ことに触るゝ観念、折に随ふ修行、進み易く、忘れ難し。飛花を見ては、無常の風の遁れ難きことを知り、朗月を眺めては、煩悩の雲の覆ひ易きことを弁ふベし。彿法の中にも誠の悟を得ざる程は、情量尽きず、念慮やまず。然れば先づ有相の方便によりて、終に無相の實理に入る。これ諸教の大意、諸宗の軌則なり。禅家に公案を持ち密宗に阿字を観ずる、この心なり。西行法師遁世の後、天台・眞言の大事を傳へて侍りけるを、吉水の慈鎮和尚、傳ふべき由仰せられければ、「先づ和歌を御稽古候へ。和歌を御心得なくば、眞言の大事は御心得候はじ。」と申ける故に、和歌を稽古し給ひて後傳ふべしと宜ひけるとなんいへり。誠に眞實の彿法ほ言説の外にあり、念慮の内にあらず。心閑かに情空しくば、本有の霊光忽ちに照し、自性の覚海漸く澄むべし。されば高野の大師宜はく、「密教の本意ほ心を以て心を傳ふ。文字はこれ瓦礫、文字はこれ糟粕。」と。心を傳ふといふは、人の心我に傳ふべしとにはあらず、我が心師の心と等しきを傳ふといふ。されば心を傳ふとはを読まで、心に傳ふといふ義あり。世縁俗念やみ重昏巨散のぞこをり、静かに明らかなる心の上に、人の教を待たずして知らるゝ所あるべし。無師自悟の智とも、自然の悟りともいふはこれなり。念慮にあらず、また念性を断たず。見聞覚知に住せず、また見聞覚知を離れざる所は、我が心静かにして、自ら知れぬべき時、師即ち指し示す。これ彿法の秘傳、宗旨を傳ふるすがたなるべし。何字といふは本不生の義なり、文字を傳ふるにあらず。唯心不生なるこれ阿字なり。密宗の大意これにあり。誠に心地に染汚なく、分別なくは、阿字を心得べし。一念不生の心すなはち阿字なり。この故に浅き方便を、とりよりにせんとて、和歌を勧め申しけるにや。誠に塵労の苦しき域を忘れ、解脱の妙なる境に入る方便、和歌の一道勝れ侍り。我が国に跡を垂れ給へる権化先徳、昔より翫び給ふこともこの故にや。  Subtitle  巻第五下  Description  西行法師、修行の時、江口の長者が宿をかさゞりし時、  0004 世の中をいとふまでこそかたからめ、假のやどりをおしむ君かな、  Description といひたりける返事に、  0005 世をいとふ人とし聞けばかりの宿に、心とむなと思ふばかりぞ  Description としたりける心、根も花もあり。この心を以て返事に、世を捨て給へると人と聞けば、かゝる所に御心ばしとむなと思ひてこそ、かし参らせね。さらばおはしまして、とまり給へとばしいひたらば、さしもの撰集にいかゞ入るべきや。・・・                    神護寺迎接院   永仁第三之暦乙未孟夏中六日、於西山大原野書寫畢                    片山貧士道慧   乾元二暦癸卯季春之候、此書道證上人奉渡畢                        道慧  Note しゃせきしゅう ―しふ 【沙石集】 仏教説話集。一〇巻。無住著。1283年成立、のち加筆。庶民を仏道に導くために記され、無住自身の見聞譚も多い。滑稽譚・笑話も含まれ、後世の狂言・落語などに影響。させきしゅう。 むじゅう むぢゆう 【無住】 (1226-1312) 鎌倉後期の臨済宗の僧。字(あざな)は道暁、号は一円。梶原氏の出か。円爾(えんに)に禅を学び、のち尾張国長母(ちようぼ)寺を開創。著「沙石集」「妻鏡」「雑談(ぞうだん)集」など。  End  親本::  沙石集 (無住法師 弘安六年1283) 永仁三年(1295)道慧写本  底本::  雑誌古典研究 第三巻 第二号 附録 沙石集   発行:  昭和十三年二月一日 発行   発行所: 株式会社 雄山閣  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.org)   入力機: IBM ThikPad S30   入力日: 2002年06月26日  校正::   校正者:    校正日:  $Id: syaseki.txt,v 1.5 2010/01/10 07:16:34 nitobe Exp $