Title 皇大神宮參詣順路圖會  Description 【前略】 ○神路山 は内宮御山の總名也 「新古今集」                太上天皇 ながめやる神路の山に雲消て夕の空にいてん月影 「千載」                西行法師 ふかく入て神路の奧をたづぬれば又うへもなき峯の松風 「捨遺愚草」                定家 照らすらん神路の山の朝日影天津雲井を長閑なれとは 【中略】 ○西行谷神照寺 靈社の東北にありて目じ山の腰なり飛泉あり西行 の瀧と云昔時西行上人山居の地なり襌宗にして本尊は地藏菩薩なり 又西行上人在世自ら像を彫て此地に殘しおかれぬ是を世に鉈作の像 と稱して今猶存す佛殿は烏丸光廣卿又は春日の局の寄附也と云へり 此地幽閑にして人家遠くたゞ懸流の軒に音しきんぢうの林中に囀を 聞のみなり實に無人境とも云べければ閑人の居らしむべき勝地なり 「二根集」に云西行法師世をのがれし室の戸を神照寺となんいひけ ればあまてらすおかげには谷がくれも渉らずやありけむ圓位と名の りいでにしも大圓鏡智の内證をさながら成けるしるべする人にひか れてただに歸りなんも心うさに筆のすさびにまかせ侍り                西三條三光院實澄 ことの葉に隱れすみにし谷の庵も梢の秋や色にこふらん ○谷戸松 西行谷の門外に老松ありて即今枯ぬれども名木なれば其 儘存せり然れども日を追て腐ぬべければ後世は跡をだもそこと知れ る人のなからんと騒人は殊に悲歎せり                西行法師 谷の外に松のみひとり立るなる我のみ友はなきかと思へば ○木槿塚 西行谷の門内にあり碑文ありて芭蕉庵桃青が發句をきざ めり                はせを みちのべのむくげは馬にくはれけり  又菱林發句集に西行谷にて                菱林 此寺の蟲干見ばや歌ふくろ ○菩提山神宮寺 眞言宗にして西行谷の北同山腰にして五十鈴川の 末に橋を架して通ふ此寺は天平年間の草創にして行基也古へは大伽 藍にて丈六堂多寶塔經藏寶藏などありけれども龜山院の御宇弘長二 年十一月二十九日の回祿に悉く灰燼となりし由云へり今は只丈六殿 のみあり本尊は阿彌陀佛如來にして行基菩薩の作也兩脇侍は不動明 王毘沙門天にして弘法大師の作なり文治元年乙巳良仁上人の中興也 「山家集」に此上人に贈りし歌あり  伊勢にて菩提山上人月に對して述懷せしに                西行 めぐりあはて雲井のよそになりぬとも月になれ行むすびわするな                菱林 もみぢもと植木ならずや菩提山 【中略】 ○安養山 潮合を渡れば右の方の山なり西行上人の住にし庵室の舊 跡谷の間にあり「土佛參詣記」に礒山かげの道を傳ひ行程にあはれ に心すごき古寺あり安養山と申所なり是は西行上人の住侍ける舊跡 とかやうけ給る云云「宮川歌合」此處にて記され「二見百首」の勸 進も此庵室にての事なりといへりしかれども今は其舊跡の名のみ殘 りて空しく古へしのぶのみ「二見百首」の中二見の題にて                定家 見はたせば花も紅葉もなかりけりうらの苫屋の秋の夕暮  西行法師伊勢國二見に住侍りける時二見百首歌とて人々によませ 侍りけるに春立心を 明ぬなり春は來ぬやと柴の戸をしづかにたたく峰の松風 【中略】 ○三津濱 三津村の東南にして二見の浦の南の渡口なり俗にくり舟 の渡と云へるは南北の岸に杭を建て渡し舟の前後に繩をかけて彼兩 岸の杭につなぎ置渡らんとする人は彼繩を手操に操行ば舟の往來自 由なり故に常に渡し守はなくて渡る人の自由に往來す山ば名附たる なり此渡は二見の浦より朝熊嶽に詣ずる人朝態嶽より二見の浦に通 ふ人の渡る渡し舟也「山家集」に伊勢にまかりけるに三津と申處に て海邊春暮といふことを神主よみけるに                西行 返へる春鹽の三津より舟出して浪の花をや先に立らん 「夫木集」に伊勢の國に侍りける時今よりはちぎるべきよし申ける 人に                長明 我もさぞ頼かはしる伊勢島や戀しき君を三津の浦風 ○濱荻 三津村の南東の入口にあり五十鈴川の末なり常の葦に樣か はりて皆片葉なり 「萬葉集」                碁檀越 神風の伊勢の濱荻折ふせて旅寢やすらんあらき濱べに 「續古今集」                鎌倉右大臣 旅寢する伊勢の濱荻露ながらむすぶ枕にやどる月かげ 「山家集」                西行 鹽風に伊勢の濱荻ふせばまづ穗末に波のあらたむる哉 【中略】 ○西行戻り 法度口より拾丁餘南の山路なり此所に比丘尼が淵又は 釜か淵と元ふ淵あり川中に鮑石と云石あり此道兩岸石壁にして岩を 傳ひて往還する也古へ西行法師神路山の勝景を探らんと此所迄來り て地景爰にしるすとて是より歸れり仍て西行戻りと云ふと云へり 【以下略】  End  底本の親本::   書名:  皇大神宮參詣順路圖會   發行:  寛政十年   著者:  川口好古  底本::   書名:  大日本地誌大系        伊勢參宮名所圖會下        附 大神宮參詣順路圖會          郷談          續郷談   發行:  大正五年九月廿一日   發行所: 大日本地誌大系刊行會  入力::   入力者: 新渡戸 廣明(nitobe@saigyo.net)   入力機: SHARP Zaurus MI-E21   編集機: IBM ThinkPad X31 2672-CBJ   入力日: 2006年06月11日 $Id: zue_sankei.txt,v 1.5 2019/07/09 02:30:53 saigyo Exp $